玉城知事、初当選から2年 2期目へ態勢構築課題 「オール沖縄」ほころびも


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初当選を喜ぶ玉城デニー氏(中央)と支援者ら=2018年9月30日那覇市古島の教育福祉会館

 翁長雄志前知事死去により前倒しで実施された2018年9月の知事選で、玉城デニー知事が当選してから30日で2年となった。この2年内に実施された選挙で、玉城知事を支える「オール沖縄」勢力が推す候補者は、衆院3区補選と参院選の二つの国政選挙はいずれも勝利を収めたが、6月の県議選では議席を減らした。8、9月の今帰仁村、西原町の首長選挙でも黒星が付いた。玉城知事は4年間の任期の折り返し地点を迎える中、「オール沖縄」の結束にほころびも見え、2年後を見据えた態勢づくりが課題となっている。

 今月、経済界の立場から「オール沖縄」の屋台骨を支えてきた金秀グループの呉屋守将会長が、本業回帰を理由に知事後援会会長の座を退いた。その影響も注目される。

 一方、「県政奪還」を至上命令に掲げる県政野党の自民党県連は、経済界と意見交換を重ねるなどして2年後の知事選に向け、早期の候補者擁立を目指す。ただ年内の衆院解散総選挙が想定される中、保守分裂を回避し、県連や経済界が目指す保守中道勢力の「大同団結」が実現できるか、ひとまず衆院選が試金石となりそうだ。

 18年8月8日、保守政治家として自民党県連幹事長などを歴任し、14年の知事選では辺野古新基地に反対する保革を超えた結集軸「オール沖縄」を誕生させた翁長前知事が膵(すい)がんにより死去した。現職知事が任期途中に亡くなるのは県政史上初めてで、知事選も県政史上類を見ない超短期決戦となった。

 翁長前知事を支持する政党などは即座に選考委員会を発足し人選作業に着手。当初は金秀グループの呉屋会長と謝花喜一郎副知事の2氏を軸に候補者の絞り込みを始めたが、そのさなか、翁長氏が亡くなる直前に当時衆院議員だった玉城氏を評価する音声テープを残していたことが判明し、急転直下、翁長氏の「遺志」を尊重する形で玉城氏の擁立を決めた。

 対する自民は国場組の国場幸一氏をトップとする選考委員会を発足し、県内の「保守政界のエース」と目されていた宜野湾市長=当時=の佐喜真淳氏の擁立を決定した。弔い選ムードが漂う中で行われた知事選は辺野古新基地建設の是非が最大争点となった。

 玉城氏と佐喜真氏の事実上の一騎打ちとなり、翁長県政の継承を掲げた玉城氏が、過去最多の39万6632票を獲得し、佐喜真氏に8万174票差を付け、初当選を果たした。知事選で示された新基地「反対」の民意は翌年2月に行われた辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票でも示された。

(吉田健一)