<佐藤優のウチナー評論>菅首相の初外遊 米中にらんだ現実外交


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 菅義偉首相は、初の外遊先としてベトナムとインドネシアを選んだ。これは戦略的によく練られた外交だ。ところで日本にとって米国は唯一の同盟国だ。日本が外国から攻撃されたとき、米国は自国が攻撃されたと見なして、共同防衛義務を負う。また、米国は世界で唯一の超大国だ。軍事的のみならず基軸通貨のドルを発行している。日本の首相は就任すると、まず米国を訪問して、同盟国としての絆を再確認するのが定石だ。

 しかし、現状では定石通りの外交はできない。まず、新型コロナウイルスによる感染を十分に封じ込めることができていない国への訪問は差し控えないとならない。この観点から現状で米国、ヨーロッパ、ロシアを訪れることは難しい。

 さらに大統領選挙を11月3日に控えて、米国の内政はかなり混乱している。現状で訪米すれば、当然、トランプ大統領と会談することになる。トランプ大統領は、菅首相との会談を選挙キャンペーンに最大限利用するだろう。これでトランプ氏が再選されれば、菅訪米は日本にプラスに作用する。しかし、民主党のバイデン氏が大統領に当選した場合、菅首相がトランプ氏に肩入れしたと受け止められると、今後の日米関係に悪影響を与える。こういうときに火中の栗を拾うようなリスクをとるべきではない。

 このようなことを考えた上で、初の外遊先をベトナムとインドネシアにすることで、菅首相は、独自の勢力均衡外交に着手できると考えたのであろう。

 10月19日、ベトナムのハノイで、同国のフック首相と会談した。〈(菅首相は、)「共にインド太平洋国家として、地域の発展と繁栄のために連携して貢献していきたい」と表明した。(中略)/フック氏は「日本と力を合わせて地域の平和と発展推進のために頑張っていきたい」と応じた。/菅首相は、新型コロナウイルス禍で中国から医療物資輸入が滞った経緯を踏まえ、サプライチェーン強化へ連携を確認する〉(19日本紙電子版)。

 菅首相は、次いでインドネシアを訪問した。〈菅義偉首相は20日、インドネシアの首都ジャカルタ南方ボゴールの大統領宮殿でジョコ大統領と会談した。その後の共同記者発表で、東南アジアで最多の新型コロナウイルス感染者が出ている同国の現状を踏まえ、500億円規模の円借款を供与すると表明した。新型コロナの影響で停滞しているインドネシアから日本への看護師や介護福祉士候補の往来再開方針を確認したと明らかにした。/2015年に初めて開催した外務・防衛閣僚会合(2プラス2)について、2回目を早期に実施する方針で一致したとも語った。防衛装備品と技術の移転に向けた協議加速も申し合わせた〉(20日本紙電子版)。

 日本、ベトナム、インドネシアにとって、自己主張を強め、既存の国際関係のルールを一方的に変更しようとしている中国は脅威だ。中国は周辺諸国を圧倒する国力を持っている。このような状況で、中国と正面から対峙することは非現実的だ。今後、米国が同盟国に「米国を選ぶか、中国を選ぶかはっきりしろ」と二者択一を迫ってくる可能性がある。日本にとっても東南アジア諸国にとっても反中包囲網に加わることは、経済、安全保障の両面でリスクが高すぎる。

 日本、ベトナム、インドネシアなどは、相互の連携を強めて中国を牽制することを考えている。同時に中国との対話と経済関係を強化することで、緊張を緩和するような方策も必要だ。このような現実主義的外交戦略で、菅首相、フック首相、ジョコ大統領の見解は一致している。

(作家・元外務省主任分析官)