韓国国家情報院長の訪日 情報機関活用する菅政権<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 宮里 努

 米大統領選挙で民主党のバイデン候補(元副大統領)の当選が確実になったことを受けて、日韓関係が動き始めている。ここでの主要なプレーヤーは、北村滋・国家安全保障局長(前内閣情報官)だ。
 北村氏は、内閣情報官時代にCIA(米中央情報局)、モサド(イスラエル諜報特務庁)、韓国国家情報院などのトップと良好な人間関係を構築した。国家安全保障局長就任後も北村氏はこの人脈を最大限に活用して、裏外交を展開している。
 その結果、10日に菅義偉首相が首相官邸で来日中の朴智元・韓国国家情報院長の表敬を首相官邸で受けた。表敬という体裁ではあるが、実質的な外交交渉が行われた。
 〈菅義偉首相は10日、韓国の情報機関、国家情報院の朴智元院長と官邸で面会した。朴氏は日韓関係の改善に意欲を示し、1998年に署名した「日韓共同宣言」に続く新たな宣言作成を提起。首相は、元徴用工問題などで厳しい状況にある両国関係を健全な関係に戻すきっかけをつくるよう韓国側に要求した。現時点での新たな宣言の検討に難色を示した形だ。日韓外交筋が明らかにした。/面会後、朴氏は記者団に「文在寅大統領の韓日関係正常化への意思を伝達した」と述べた。/菅首相と韓国政府高官の面会は初めて。首相は、新型コロナウイルス禍での朴氏の来日実現を歓迎〉(11日、本紙電子版)。
 米国の民主党は、自由や人権という価値観を重視する。徴用工問題について、トランプ大統領は、日韓のいずれにも与(くみ)しない中立的立場をとっていた。これに対して、民主党は、人権という価値観の観点から韓国政府に対して同情的だ。
 さらに民主党はアイデンティティーの政治を推進する。米国の韓国ロビーは徴用工問題で韓国政府の立場に立ってロビー活動を展開するであろう。他方、日本が太平洋戦争における敗戦国であることを反映し、日系米国人は、韓国のロビー活動に対抗する動きができない。そのため韓国ロビーの影響をバイデン次期大統領が受け、徴用工問題で日本にとって不利な判断をする可能性がある。
 その可能性を今のうちに潰(つぶ)していくことを考え、菅首相は韓国とのインテリジェンス・チャネルを用いることにした。外務省ルートよりも厳重に秘密が守れることがインテリジェンス・チャネルの利点だ。
 もっとも基本戦略について、北村局長と秋葉剛男外務事務次官は綿密に協議をしていると思う。国際情勢が激しく変動し、一層複雑になっていく情況で、外務省とインテリジェンス機関の連携が死活的に重要だ。菅政権においては、理想的な役割分担ができていると思う。いずれにせよ、日本外交を支える上で秋葉外務事務次官と北村・国家安全保障局長の動きが極めて重要になる。
 辺野古新基地建設問題に関しても、中央政府の政策が今後、変化する可能性は十分あると思う。もっともその際、辺野古の新基地は、当初想定していなかった軟弱地盤が発見され、技術的に困難であるから中止するにすぎず、地理的条件を理由に県内の米軍基地のどこかに(筆者はキャンプシュワブの可能性が高いと見ている)軍民共用滑走路を新設するという方針になるのではないかと見ている。いずれにせよ、そのような動きの前に中央政府は沖縄で徹底したインテリジェンス(秘密裏の情報収集)活動を行うであろう。
 (作家・元外務省主任分析官)