<美と宝の島を愛し>難局を生き抜く 取り戻そう 野生の力


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 いずれは総理になる人物と、誰も予想したことがなく、期待もされていなかった人が総理になった。官房長官在任中、唐突に米国を訪問した菅義偉総理の姿が思い浮かぶ。あの頃、ひそかに総理への道をご自身は意識していたのか。ダークホース登場だ。

 終わりの見えない戦場に生きるような今、亡夫と同じ東北人の新トップには、その辛抱強さと生真面目さで頑張っていただきたい。大都会しか知らず、コネ留学の英語力を鼻にかける世襲議員たちでは束になっても、国難の時代は乗り切れない。

 国と国民がこの戦場で生き延びるためには、野性の動物がそうであるように危険を察知する能力も大事だ。大いなる田舎人が持つ野生のサバイバル力、「粗にして野だが卑ではない」、石田禮助のあの腕力があるか、菅総理の双肩に国の近未来がかかっている。

 学術会議メンバーの人事で批判が各界から集中した。時の総理から就任を拒否されたからといって学者たちの業績が揺らぐものではない。かえって日本の知性と良心が健在だったことが国民の目に明らかになった。日本もまだ大丈夫だ。

 この件で菅総理を窮地に追い込み、安倍前総理の再々登場や河野印鑑パフォーマンス大臣が浮上する事態になってはならない。政治家は国民の民度が育てる。この難局に敵だ味方だ、与党だ野党だと争っている場合ではなく、公民の衆知を集める時だ。

 中国の王毅外相が来日し、茂木外相、菅総理と会談した。茂木外相も地方出身で世襲議員ではない。北朝鮮の拉致問題解決への協力を中国に声かけしたのも良いセンスだ。対米甘え外交一辺倒は、世界が一変した今、もはや喝!だ。

 数人で農作業をしていた晩秋の午後、カラスが異様に騒ぐので空を見上げた。天空をゆっくりと旋回する大きな鳥を見た。翼の内側に白い模様が見える。見たことのない大きさだ。野生の動物だけが持つ高貴さと力強さに息をのんだ。カラスたちは、突然の鳥界のヒーロー登場に喜んで騒いでいるようにも見える。彼らのはるか下で地を這(は)うように苦役に身をかがめる私たち人間、どっちが偉いんだか、と思いながらしばし見惚(みほ)れたあの鳥は、いったい何だったのか、山梨県でクマタカなど野鳥の写真を撮り続ける若尾親氏に伺った。羽の模様から、南アルプスを眼前にする里山のこのあたりまでエサを求めてやってきたイヌワシの若鷲だろう、とのこと。ここに住んで10年、観察者でもめったに見ることがない怪鳥を拝み、大きなご褒美をいただいた気分だ。

 どこからか現れた野生のウイルスによる感染症が、世界よ変われ、とせき立てる。琉球列島の貴重な野生の生物を米軍新基地建設で絶滅へと向かわせ、国中を観光地化し、都市化させ、稠密(ちゅうみつ)に暮らす日本人は、先進国の中で最も早く野生の生きる力を失った国民ではないのか。大陸に住む人々は、いかに文明化した暮らしでも、人が一度として足を踏み入れたことのない未開の地の気配を身近に感じて生きている。それが彼らの勁(つよ)さの一つだ。

 人はAIを使っても神にはなれず、ほ乳類の一種として限りある命を精一杯生きるだけだ。それを思うと、野生の力がわずかに蘇(よみがえ)る。

 便利とスピードを商品化し、当然のように消費してゴミの山を築く日本人、暮らし方を見直す時だ、と野生のウイルスが警告している。

 ベトナムから働きに来た人々がコロナ禍で生活に窮し、豚や子牛を盗んで解体、調理し仲間に売り渡したニュースを見た。ベトナム人のこの姿に、私は感心した。公助なく、自助と共助で生きるとはこういうことだ。すごいぞ、ベトナム人、さすがベトナム戦争からサバイバルした民族だ。盗みは論外だが、科学技術漬けの対極にある。心身の野生の力を日本人も取り戻そう。若者よ、ゲームを捨て、野に出よう。

(本紙客員コラムニスト 菅原文子、辺野古基金共同代表、俳優の故菅原文太さんの妻)