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検察と政治 力とバランス使い分ける<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 菅政権に深刻な打撃を与えかねない疑惑が発覚した。

 〈大手鶏卵生産会社「アキタフーズ」(広島県福山市)グループの元代表(87)の現金提供疑惑で、吉川貴盛衆院議員(70)=自民=が農相在任中、大臣室で3度にわたり現金計500万円を渡した疑いがあることが、2日、関係者への取材で判明した。元代表は、養鶏業界に有利な政策実現のために農水族議員らに働き掛けを続けており、東京地検特捜部が経緯の解明を進めている模様だ。/関係者によると、吉川氏は農相を務めた2018年10月~19年9月、元代表と大臣室や議員会館で少なくとも8回会合、うち3回は大臣室で会っており、この際に現金を渡された可能性がある。元代表は周囲に「業界のためだった」と提供を認めている。/一方、吉川氏はこれまでの取材に、現金受領を否定。パーティー券の購入などは適正に処理したと説明したが、吉川氏関連の政治団体の収支報告書(18年、19年分)にはアキタ社に関する記載は一切ない〉(3日、本紙)。

 本件に関しては、朝日新聞の報道が先行していて、内容も詳しい。〈関係者によると、アキタ社前代表は18年11月に200万円、19年3月に200万円、同年8月に100万円の計500万円の現金を吉川氏に渡した疑いがある。面会時には「業界のために動いてほしい」などと話したという〉(2日「朝日新聞デジタル」)。

 朝日新聞記者がアキタフーズ側から吉川氏に現金が渡されたという端緒情報をどこから掴(つか)んだかはわからない。しかし、現金の流れの時期と金額の詳細は、事件を担当する東京地方検察庁特捜部の検察官と検察幹部しか知らないはずだ。捜査情報の漏洩(ろうえい)は違法行為だ。違法な情報リークを行って捜査の追い風にするという検察の手法は、民主主義的司法に馴染まない。

 最近、検察が政権への対決姿勢を強めている。安倍晋三前首相の後援会が「桜を見る会」の前日に東京都内のホテルで開催した夕食会をめぐり、費用の一部を負担した疑いがあることが読売新聞のスクープによって浮上した。本件について捜査を担当しているのも東京地検特捜部だ。

 安倍前首相の秘書が関与する事件なので、情報は極めて限られた人々の間でしか共有されていない。具体的には、捜査を担当する検察官と検察幹部だ。もちろん首相官邸幹部には極秘裏に情報が提供される。合理的に推定すれば読売新聞に情報を漏洩したのは、官邸幹部か検察幹部になる。目的は、安倍氏が首相時代に行った答弁が事実と異なることを報じさせ、同氏の政治的影響力を封じるためだ。

 さまざまな報道を総合的に判断すると、政治資金規正法違反(虚偽記入)で秘書が略式起訴され、罰金刑という落としどころになるだろう。安倍氏に関しては、直接関与していないとの理由で不起訴処分になるだろう。そうなると、不起訴判断を不服とする市民団体が、検察審査会に安倍氏の起訴を申し立てる。最終的には、不起訴の判断がなされると思うが、その間、おそらく1年程度、安倍氏の政治活動に制約が生じる。来年秋の自民党総裁選に向け、安倍氏が影響力を行使することは難しくなる。

 この疑惑は菅義偉首相の再選に有利に働く。一部に安倍氏を牽制(けんせい)するために菅首相が検察を使っているという見方が広がっている。しかし、検察は政治に使われるようなヤワな組織ではない。そこでバランスを取る必要を検察が感じ、菅首相、二階俊博幹事長に近い吉川氏を標的にしたのだと思う。検察は国会会期後に吉川氏を逮捕し、年内に起訴するというタイムスケジュールを組んでいると筆者は見ている。

(作家・元外務省主任分析官)