検察のリーク戦術 政治的意思を持つ危険さ<佐藤優のウチナー評論>


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 「桜を見る会」前夜祭の問題で東京地方検察庁が安倍晋三前首相から事情聴取を行うという報道が3日に一斉に流れた。

 〈関係者によると、前夜祭は、公設第1秘書が代表を務める「安倍晋三後援会」が主催し、2013年から毎年、東京都内のホテルで開いてきた。安倍氏側がホテル側へ支払った開催費用は15~19年の5年間で約2300万円だった一方、1人5000円だった会費の総額は約1400万円だったとされる。差額分は補塡(ほてん)していたとされるが、後援会の昨年までの5年間の政治資金収支報告書には前夜祭に関する記載はなかった。/特捜部は、前夜祭を主催した「後援会」の収支報告書に、会費や補塡分を記載する必要があったとみており、不記載額は収支合わせて約4000万円に上る可能性がある。前夜祭の会計処理が事務所内でどのように判断されていたかを解明するには、安倍氏本人に事情を聴く必要があると判断した模様だ〉(4日、本紙電子版に転載された「毎日新聞」の報道)。

 他方、安倍氏は、〈4日、「桜を見る会」前日の夕食会を巡る東京地検特捜部の事情聴取要請に関し、聞いていないと重ねて説明した〉(4日、本紙電子版)

 安倍氏本人に事情聴取の話が伝わる前に、東京地検特捜部がマスメディアに情報を漏洩(ろうえい)(リーク)しているとしか考えられない。世論の反応が「検察は生温(なまぬる)い」というものになるか、無関心なのか様子を見るのが目的だ。それによって、今後、どのように捜査情報をリークすれば検察に有利になるか、戦術を練っているのだと思う。また、第1秘書らの取り調べの具体的内容について情報を持っているのは、東京地検特捜部か検察幹部だけだ。

 検察官は一般職の国家公務員だ。国家公務員法第100条では、〈職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする〉と定められている。捜査情報の漏洩は違法行為だ。

 検察は捜査情報を漏洩しているとは決して認めない。しかし、実際には、記者の競争心を煽(あお)り、選択的に情報を漏洩することによって世論の追い風を吹かせようとする。もっとも村木厚子厚生労働省局長(当時、後の事務次官)の事件では、このやり方で風を吹かせたが、検察官による証拠の改竄(かいざん)もあって、村木氏は無罪になった。その後、情報漏洩による追い風という手法を検察はしばらく取らなくなっていたが、最近、手法が村木事件以前に戻ってきた。

 2002年の鈴木宗男事件に筆者も連座したが、「佐藤優が業者からキックバックを得ている」、「女連れでイスラエルに遊びに行った」など事実と異なる検察のリークによる話が報じられた。

 政治家であれ、高級官僚であれ、違法行為があったならば、証拠を集め摘発するのが検察の仕事だ。しかし、自らが信じる正義感(そこには出世欲も絡まっている)に基づき、違法な情報漏洩を行い、世論の追い風で捜査を容易にしようとする手法は、民主主義制度を破壊する危険がある。

 検察は、政治の腐敗汚職を摘発し社会をきれいにするのが自分たちの仕事と勘違いしているようだ。これは1936年に二・二六事件を起こした陸軍皇道派の青年将校に似た危険な動きだ。

 旧陸軍青年将校も現代の検察官も資格試験によって登用された官僚だ。国民の選挙によって官僚を選出したり罷免したりすることはできない。このような民主的統制に服さない機関が政治的意思を持つこと自体が危険だ。

(作家・元外務省主任分析官)