ロ政権の対抗議行動 狡猾な封じ込め策奏功<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 1月23日に続き31日にもロシア全土で反政権活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏を拘置所から釈放することを要求する無許可デモが行われ、民間の人権監視団体によると約90都市で計5135人が拘束された。結論を先に述べると、ロシア当局による狡猾(こうかつ)な反政権運動封じ込め策が効果をあげ、一連の抗議行動でプーチン大統領の権力基盤が脅かされることにはならない。

 重要なのは、日本や欧米諸国で考えられているよりもロシアにおいて言論と表現の自由が認められている現実だ。ロシアのテレビや新聞は政府の統制下にあるが、独立系(本社は外国にある)インターネット・テレビは、本格的な取材体制と施設、機材を持ち、自由に活動している。2回のデモも全国に記者を派遣し、実況中継を行っていた。

 ロシア政府はこれらの反政権的な放送をするインターネット・テレビを遮断する、会社を解散させるなどの強硬措置は一切取っていない。デモに参加した人々が逮捕される瞬間の放映も警察は許している。

 23日のデモの実況中継を筆者は独立系インターネットテレビRTV1で観ていた。サンクトペテルブルクからの実況中継中、記者が「マスクをしていない」との理由で拘束された。しかし、カメラや通信機器は没収されないので護送車の中から、拘束された人のインタビューを続けるなど報道を続けていた。ナワリヌイ氏も拘置所から動画のメッセージでプーチン政権打倒とデモへの結集を訴え、それがユーチューブや独立系インターネットテレビで流されている。

 ロシアでは反政権的な表現、言論の自由が認められていないという見方は実態を反映していない。ユーチューブの「ナワーリヌィ・チャンネル」は、「集会に参加して逮捕されたら、すぐに電話番号に連絡せよ。弁護士を無料で派遣する。十分な人数の弁護士がいる。逮捕を恐れるな」と煽(あお)っている。インターネットを規制することによるマイナスを十分計算した上で、当局はあえて現状を放置している。政権に不満を持つ人々は、インターネット上ならば、どのような表現をすることも可能だ。こういうガス抜きが出来る態勢にしているところがプーチン政権の狡猾さだ。

 23日と31日のデモを比較してみると抗議運動が勢いを失いつつあることがわかる。独立系メディアによると23日は10万人以上の人々が集まったが、31日は半数程度だった。モスクワでも4万人から2万人に激減した。デモ参加者の内訳も23日は若者(生徒・学生)と年金生活者が多かったが、31日はほぼ若者だけになった。

 20代後半から50代までの生産活動の中心をなす年齢の人々がほとんど参加していない。この人々は、安定した生活を望み、社会的混乱が生じることを危惧している。積極的に政治的意思を表明しない大多数のロシア人は、ナワリヌイ氏によって混乱が生じるよりも、多少の汚職があってもプーチン政権が続いた方がましと考えている。

 2月2日、モスクワの裁判所は、ナワリヌイ氏が過去に受けた有罪判決について、執行猶予を取り消すと決定した。ナワリヌイ氏は今後少なくとも2年8カ月間、収監される見通しとなった。ナワリヌイ氏の執行猶予取り消しは、公正でないと多くのロシア人が感じているが、権力に歯向かえばそうなるのは当たり前だという諦め感を多くのロシア人が抱いている。また、ナワリヌイ氏を支援する外国政府による人権介入はロシア政府だけでなく大多数の国民から内政干渉と受け止められ、反発を招いているというのが実態だ。

(作家・元外務省主任分析官)