浦添市長選挙と辺野古問題 翁長前知事の原則が重要<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 7日に投開票が行われた浦添市長選挙では、米軍那覇軍港(那覇市)の移設受け入れの是非が争点となった。移設を容認する現職の松本哲治氏(53)が、移設に反対する前浦添市議の伊礼悠記氏(38)を破り3選を果たした。

 開票結果は、自民党、公明党と下地幹郎衆議院議員(無所属)が率いる「無所属の会」が推薦した松本氏が3万3278票、玉城デニー知事や立憲、共産、社民、沖縄社会大衆の各党が支援した伊礼氏は2万2503票だった。1万票以上の大差で松本氏が当選した政治的影響は大きい。

 全国紙もこの問題に注目している。〈松本氏を支援した菅政権にとっては、1月の宮古島市長選からの連敗回避だけでなく、知事の足元を揺さぶる好材料を得る結果となった。加藤勝信官房長官は8日の記者会見で「那覇港湾施設(那覇軍港)の返還に向けて連携して取り組んでいきたい」と述べた。/一方、玉城知事は8日朝、記者団から「民意は軍港移設を前に進めろということか」と問われると「選挙結果は、そのように受け止めている」と語った。/支持勢力内は移設について賛否が割れている。県政与党県議の一人は「政府のペースで軍港移設が進むことだけは避けなければいけないが、容認の知事に翻意を迫るべきかどうか、答えを出すのは容易でない」と話した〉(9日「朝日新聞」朝刊)。

 中央政府は、辺野古新基地建設計画が頓挫した後までも見据えた長期戦略を持っていると筆者は見ている。現下沖縄の政治勢力は3つのグループに分かれる。

 Aグループ。玉城知事を支持し、辺野古新基地建設計画に反対する。

 Bグループ。玉城知事に反対だが、辺野古新基地移設計画には反対する。

 Cグループ。玉城知事に反対し、辺野古新基地建設計画に賛成する。

 中央政府が沖縄の民意を受け入れて辺野古新基地建設を撤回することはない。しかし、軟弱地盤の上への新基地建設が物理的に不可能という理由から、辺野古に新基地を造ることを断念する可能性がある。その後、中央政府にとって重要になるのは米海兵隊普天間飛行場の移設を県内で実現することだ。

 Bグループならば、辺野古以外の県内移設に賛成する可能性があると中央政府は考えているのだと思う。その兆候が、今回の浦添市長選で見られた。

 〈1月31日の浦添市長選告示数日前、県政与党の一員ながらも玉城デニー知事とは距離を置く赤嶺昇県議会議長の携帯電話が鳴った。電話の相手は菅義偉首相。「市長選への協力を頼みたい」。選挙戦の最大争点だった那覇軍港移設で「容認」の立場を取ることを理由に市長選で静観を保った赤嶺氏に、松本哲治氏への支援を呼び掛ける内容だった。(中略)赤嶺氏からの支援は実現しなかった〉(10日、本紙)

 今回、赤嶺議長は、中央政府の意向通りには動かなかった。賢明な判断と思う。

 玉城知事は、重要な政治決断をしなくてはならない局面に至っている。ここで重要になるのは、「イデオロギーよりもアイデンティティー」という翁長雄志前知事が掲げた原則だと思う。

 日米安全保障条約や辺野古以外の在沖米軍基地に対する見解が異なる人であっても、辺野古新基地建設に反対するという1点に沖縄人のアイデンティティーを結集させ、中央政府に異議を申し立てるというのが翁長氏の考えだった。

 筆者は、辺野古新基地建設問題の本質は、中央政府のみならず日本人全体の沖縄に対する構造化された差別と考えている。Bグループの人々も沖縄のアイデンティティーを大切にする仲間と思っている。

(作家・元外務省主任分析官)