[日曜の風・浜矩子氏]楽天ワールド 現代の荘園システムか


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浜矩子 同志社大・大学院教授

 筆者が担当している「通貨と金融の国際経済学」という授業で、若き社会人受講生に聞いてきた。「勤務先で、自分の給与は銀行口座への振り込みではなくて、『楽天ペイ』のアプリへの入金に切り替えてほしいと申し出たら、会社側はどう反応すると思いますか?」。首を傾(かし)げつつ、学生さんは、自分としては楽天ペイ方式がウエルカムだと答えてくれた。

 このやり取りから、ほんの10日ほど後のことだ。「給与の支払い方法 デジタル・銀行口座併用」(2月16日付日本経済新聞朝刊)という記事が目に止まった。この見出しの「デジタル」支払い方式の中に、楽天ペイが含まれていた。ことほど左様に、わが授業は世の中のトレンドの半歩先を行く傾向がある。などと、自画自賛するために本稿を書いているわけではない。多少そういう面もあるか…。

 それはともかく、この状況には大いに考えさせられる。この学生さんは、生活の多くの場面で楽天を利用している。ショッピングに、情報収集に、決済に。利用しているというよりは、楽天ワールドに完全に取り込まれている。その自覚は強い。授業の課題に取り組む中で、自ら、自分は楽天の奴隷化しているという認識を披歴した。これはまずい。そういう危機意識をしっかり持っている。

 だが、分かっちゃいるけど、なかなか止められない。楽天を介してモノを買い、サービスを利用すれば、楽天ポイントがたまる。ポイントをためたいから、楽天のお薦めに反応してさらに楽天を利用する。こうして、どんどん楽天と言う名の「エコシステム」、すなわち生態系に封じ込められて行くのである。

 この姿は、中世欧州の荘園領主とその召し使いたちの関係に似ている。召し使いたちへの給与は、領主の敷地内でしか通用しないおカネで支払われる。要は藩札だ。だから、召し使いたちは、どんなに仕事がつらくても、この荘園エコシステムから脱出できない。頑張れば、チップや特別手当と言う形で荘園ポイントがたまるかもしれない。だが、それは外の世界では通用しない。彼らは領主が創造する生態系の虜(とりこ)だ。こんな形で歴史が繰り返していいものだろうか。

(浜矩子、同志社大・大学院教授)