危ういバイデン米大統領  国際的混乱生む軽率発言<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 外交においては、個人的関係が決定的に重要な役割を演ずることがある。特に首脳の発言は重要だ。この点でバイデン米大統領に危うさがある。

 〈バイデン米大統領は17日放送のABCテレビのインタビューで、ロシアのプーチン大統領は人殺しだと思うかと問われ「そう思う」と述べた。ロシア反体制派ナワリヌイ氏の毒殺未遂などが念頭にあるとみられる。猛反発したロシア外務省は17日、アントノフ駐米大使を協議のため一時帰国させると発表した〉(18日、本紙電子版)。

 バイデン氏に対してプーチン大統領も怒り心頭に発している。ロシアには、世論に影響を与えるニュース解説番組がある。その一つが、「テレビ・ツェントル」(中央テレビ)が毎土曜日に放映するアレクセイ・プシュコフ・キャスターによる分析番組「ポスト・スクリプトゥム」だ。

 3月20日の番組の録画を筆者は丁寧に観た。そこではバイデン発言とそれに対するプーチン大統領の反応を中心に、徹底したバイデン政権批判の解説がなされていた。ナレーションでバイデンの「厚顔無恥(ハームストボ)」という言葉が用いられていた。ロシア語で「ハーム」は卑劣漢の意味で、「ハーム」とか「ハームストボ」は、公の席ではあまり用いない激しい罵り言葉だ。

 プシュコフ氏は「バイデンの許すことのできない発言」と述べていたが、この認識は、政権寄りのキャスターであるプシュコフ氏だけでなくほとんどのロシア国民の反応でもある。

 普通のロシア人は、政治を信頼していない。プーチン大統領の批判もいくらでもする。ただし、外国人、とりわけ国家元首がプーチン大統領に対して侮辱的発言をしたときには激しく反発する。ロシア人のメンタリティーは家父長的で、国家の父であるプーチン大統領に対する侮辱は同時にすべてのロシア人に対してなされたものと受け止めるのだ。このあたりのロシアの国民性を米国政府は理解していないようだ。

 18日に国営「ロシア・テレビ」でプーチン氏はバイデン氏についてこう述べた。「実際に私は彼(バイデン氏)と面識がある。私は彼に何と回答したらよいか。健康であってほしい。(薄笑いを浮かべて)私は彼の健康を祈願している。これは皮肉や冗談で言っているのではない」。

 筆者はこの動画を観て戦慄(せんりつ)した。日本や米国のマスメディアでは、バイデン氏の健康状態を揶揄(やゆ)したと受け止められているが、それよりもはるかに深刻な反応をプーチン氏は示した。

 バイデン氏が「お前は殺人者である」という認識を表明したのに対して、プーチン氏は「あっそうか。お前の健康を害するような悪いことが近未来になければいいけどな」と脅しているのだ。平たい表現に言い換えれば「月夜ばかりじゃないからな。暗い夜道を歩くときは気をつけるんだな」というような発言だ。まさに売り言葉に買い言葉というような状態になっている。

 何らかの形態で(正式の外交ルートではなく、諜報(ちょうほう)ルートを通じた秘密のメッセージでもいい)バイデン氏が個人的にプーチン氏に謝罪しない限り、ロシアはバイデン政権との対決姿勢を一層強めていくであろう。

 トランプ前大統領と同様にバイデン大統領の、思いつき的な発言が国際関係を混乱させる危険がある。

(作家・元外務省主任分析官)