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「芸能で人を助けられる」背中押したおばあさんの笑顔 琉球舞踊家・嘉陽田朝裕さん<ここから 明日へのストーリー>下


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子どもたちに稽古をつける嘉陽田朝裕さん=1月20日、那覇市首里石嶺町の嘉陽田早苗琉舞研究所(ジャン松元撮影)

 「舞台復帰は諦めて前に進もう」。2019年1月、循環器の急病で立つことも話すこともできなくなった琉球舞踊家・沖縄芝居役者の嘉陽田朝裕さん(33)は、芸能のことを忘れてリハビリに専念しようと努めた。入院して約3カ月が過ぎた頃には、徐々に立って歩けるようになった。少しずつ会話もできるようになり、周囲の患者らに話し掛けるようになった。

 病院には長く入院しているおばあさんがいた。いつも廊下で1人寂しそうに座り、「てぃんさぐぬ花」を歌っていた。ある日、おばあさんを和ませようと思い、一緒に歌ってみた。おばあさんは振り向き、目を輝かせた。「あんた上手だねー」。朝裕さんはうまく声が出せなかったが、喜ばせたくてもう1曲歌った。今度は泣き出しそうなくらい喜んでくれた。「芸能で人を助けられるんだなと改めて思った。少しでも芸能活動に復帰できるよう全力で頑張ろうと決めた」

 5月になり、予定より1カ月早く退院した。インフルエンザの流行で、入院中は子どもたちと面会できなかった。4カ月ぶりの再会に、長男の朝之介(とものすけ)さん(6)は「やっとお父さんに会えた」とはしゃいだ。倒れた時に生後8カ月だった長女の花菜実ちゃん(2)は会えない間に歩けるようになっていた。「以前は芸能が一番だと思っていたけど、違うなと気付いた。家族あってこその自分だなと」

 仲間や家族に支えられながら、主宰する「創作こども舞踊集団美風花」の指導も少しずつ再開した。今年2月には島唄コンテストの審査員も務め、自分のペースで活動を続けている。妻の旭さん(27)がスケジュールを管理するなど、朝裕さんが「頑張り過ぎないように」気を配る。

 今も自宅でリハビリを続けるが、以前のような体力は戻っていない。自身への舞台出演の依頼もあるが、まだ控えている。「舞台を見て『いいなぁ、やりたいなぁ』って思うことは何回もある。でも前みたいに(倒れて)迷惑を掛けてしまったら申し訳ない」と複雑な思いを明かす。

 新たな悩みが新型コロナウイルスの感染拡大だ。免疫力が弱まっているため、感染しないよう人一倍気を使う。だがコロナ禍でも人を楽しませたいという気持ちは衰えない。昨年4月の一斉休校期間中には、漫談「スーヤーヌパーパー」のおばあさんに扮(ふん)した動画を会員制交流サイト(SNS)に投稿した。

 現在、コロナ収束後を見据えて琉舞道場を小劇場としても使えるように改装している。琉球芸能だけでなく、現代劇など「みんなが気軽に使える場所をつくりたい」と展望を描く。

 退院後、朝裕さんは創作こども舞踊集団美風花のテーマ曲を作り、踊りを振り付けた。明るい旋律に乗せて「春ぬ季節ゆまたなりば 蕾(ちぶみ)花ゆ咲かち」と歌う。病とコロナ禍を乗り越え、やがて来る春に“花”を咲かそうと地道に歩み続けている。

(伊佐尚記)
(おわり)