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ドイツの対アジア外交 地政学の視線が復活<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ドイツの対アジア外交が質的に変化し始めている。ドイツは、ヨーロッパのみならずアジアにおいてもプレイヤーの地位を獲得すべく腐心している。13日、日独間で初めての外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)がオンラインで行われた。

 <中国による香港や新疆ウイグル自治区の人権状況について「深刻な懸念」を共有。日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」の構想実現に向けた連携も確認した。/日本側は茂木敏充外相と岸信夫防衛相、ドイツ側はマース外相、クランプカレンバウアー国防相が出席。約1時間半協議した。/航行の自由を重視するドイツ側は、今夏、海軍艦艇をインド太平洋地域に派遣する方針を説明。日本側は歓迎の意向を伝え、同艦艇と自衛隊との共同訓練や、北朝鮮関連船舶による違法な「瀬取り」監視への協力を求めた。/さらに日独両国は、中国などを念頭に、力による一方的な現状変更の試みについても深刻な懸念を共有した>(14日「毎日新聞」朝刊)。

 2プラス2会合の前日(12日)にマース外相の論文が「朝日新聞」に掲載された。その内容がこれまでのドイツのアジア外交戦略とは一線を画するものだった。

 <地域の台頭により現在、「三つのアジア」が生まれています。一つ目は、躍動し、外に開かれ、外とつながる、私たちのよく知る「経済のアジア」です。他方、ナショナリズムの先鋭化、領土問題、軍拡競争や米中対立に表れている「地政学のアジア」もあります。そして三つ目が、「グローバルな課題のアジア」です。アジアぬきに、公正なグローバル化の実現も感染症や気候危機の克服も不可能だからです>(12日「朝日新聞デジタル」)。

 重要なのは二つめの「地政学のアジア」という概念だ。歴史的に地政学理論はドイツと深く結びついている。特に地政学による棲み分け理論はナチス・ドイツ第三帝国の公認理論だった。マース外相が「地政学のアジア」という概念を用いたことは、実に興味深い。ドイツが地政学を外交的に強調することはこれまであまりなかったからだ。

 米国の対中国封じ込め政策に協力するという形で、ドイツはインド洋とアジアに本格的に進出しようとしている。そのためには中国との経済関係が停滞しても構わないとドイツは腹を括ったようだ。マース外相は前掲論文でこう強調する。

 <最近では、中国新疆ウイグル自治区での人権侵害の責任者らに対する制裁を行いました。(中略)これらに伴いコストが発生することは当然わかっています。しかし、説得力と原則の堅持は、国際政治における私たちの基本でもあります。/アジアの未来を決めるのは、アジアに暮らす人々です。そして欧州には、新たなパートナーシップ構築の意欲があります。外に開かれた「経済のアジア」との交流を進め、アジアとともに「地政学的」対立を抑えこみ、「グローバルな課題のアジア」と協力し、未来への答えを見出していくためのパートナーシップです>(前掲「朝日新聞」)。

 ここでマース外相は、国家主権の尊重ではなく、「アジアの未来を決めるのは、アジアに暮らす人々です」と述べている。この認識は地政学に基づく棲(す)み分けを前提にしている。ナチス・ドイツ第三帝国の地政学が穏やかな形で甦(よみがえ)りつつあることがマース外相の論文から伝わってくる。

(作家・元外務省主任分析官)