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沖縄からSDGs SDGsで考える 沖縄のモンダイ

子どもの貧困対策を考える 子や家族への支援は? <SDGsで考える 沖縄のモンダイ>



 国際社会が進めるSDGs(持続可能な開発目標)を掲げ、地域や社会を良くしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだ解決されていない。SDGsの理念にある「誰1人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。新企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」では、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。4月は、2016年に始まった内閣府の「子供の貧困緊急対策事業」を中心に、子どもと家族の支援について考える。



 4月、春休みの午前9時。南風原町の子どもの居場所「元気ROOMカナカナ」から子どもたちを迎える車が出発した。一般社団法人カナカナ代表理事の仲本かなえさんは、眠たげな顔の小学生たちを玄関まで迎えに行き「おはよう」「起きてた?」と声を掛けた。保育園に送る予定だった下の子は「体調不良でお休みです」。車はまっすぐカナカナに戻った。

 南風原町は県内でもいち早く、役場と学校や民間支援団体が連携し、地域の多様な家族を支援する体制を作ってきた。カナカナは内閣府の沖縄子供の貧困対策事業を活用した「拠点型居場所」として、手厚い支援が必要な家庭が暮らしを立て直せるよう一定期間の手助けをする。365日体制で、学校の長期休みと土日は朝から、登校日は放課後から午後8時まで、子どもたちは過ごすことができる。


公園で遊ぶ、南風原町子ども元気ROOMカナカナに通う子どもたち=9日、南風原町内

 民家1階にあるカナカナに着くと、料理が得意なスタッフの上江洲直美さんが笑顔で子どもらを出迎え、「朝ご飯食べた?」とほかほかのおにぎりを握った。3台の送迎車が次々に到着すると室内は子どもたちの歓声が響き、親戚一同が集まったかのようなにぎやかさになった。

 畳間では男の子たちが色とりどりのブロックを囲んで遊ぶ。低学年の女の子は床に座るスタッフの脚の間にすっぽりはまり、甘えている。走り回っていた1人が机にぶつかり、泣き出した。「爪が長かったからねー。後で切ろうね」。泣く子を抱いて、スタッフがやさしく声を掛けた。

 記者も働きながら子育てをしていて身にしみるが、親が子どもの世話をいつも十分にできるとは限らない。体調不良や仕事のために親が家庭で動けなくなれば、子どもも起床から就寝まで生活リズムが乱れ、食事や入浴、爪切り、散髪といった生活面にも手が回らなくなる。

 子育ては保育園や学校といった地域の社会資源を活用し、障がいや家族構成によってはさまざまな福祉サービスも活用しながら成り立つ。しかし、申請主義の行政手続きはとかく手間と時間がかかる。親が健康で時間を確保できなければ難しい。厳しい経験を重ねた人は行政や学校に不信感を持つこともある。

 カナカナは居場所を運営しながら、親たちと信頼関係を築く。時には保育園や福祉サービスを利用するための手続きに同行し、学校や保育園への送迎もする。子どものための弁当作りや洗濯と、臨機応変に朝から晩までサポートに走り回る。福祉や行政の専門的な知識も欠かせない。

 「熱意だけでは続かない。継続には人件費や場所を確保するためのお金を、行政から出してもらう必要がある」と仲本さん。しかし、内閣府の事業は単年度事業であり、契約は1年ごとの繰り返しだ。目の前には支援を必要とする家族がいて、雇用しているスタッフもいる。事業継続が決まるまでは、毎年気が休まらないという。

 午後、カナカナを「卒業」した中学生が訪れ、上江洲さんと台所に立った。南風原町で始まった中学校の選択制制服の話題で盛り上がりながら、おやつを用意していた。中学から高校へと成長に伴い、居場所や支援は限られてくる。子も親も一時よりは改善しても、再び落ち込むことがある。南風原町から引っ越した先には支援の受け皿がなく、「見守るだけ」にならざるを得ないこともある。

 「課題は次々に出てくる。改善はしても解決は難しい。支援の受け皿がもっともっと必要だ」。仲本さんの実感は、現場に立つほど深まる。



寄添支援員 低い給与

 内閣府の「沖縄子供の貧困緊急対策事業」実施では、支援員の配置が居場所と共に進んだ。那覇市は「子ども寄添支援員」を全17中学校区に1人ずつ配置し、世帯の困りごとを引き出して必要なサービスを受けられる手伝いをする。

 那覇市は以前から不登校や困窮世帯を対象にした支援事業を実施していた。2015年冬に「沖縄子供の貧困緊急対策事業」が新規で決まると、使い道に戸惑う県内自治体もあった。これらの自治体と比べ、那覇市は従来の事業を迅速に振り替えた。16年度は県と31市町村に交付された約10億円のうち、那覇市は2億円を活用した。

 寄添支援員で認定スクールソーシャルワーカー(SSW)の知念恵美子さんは「初年度は135時間の研修があり、手厚かった」と振り返った。現在、寄添支援員の約半数が専門資格を持つ専門家集団になっている。

 ただ、事業に基づく雇用は単年度の契約で、待遇は非正規だ。SSWは比較的新しい資格で、専門職としては給与が低い。知念さんは「正規ポストはなく、若い人に勧めにくい。毎年度末、『次年度はどうなるか』と先が見えないまま働くのは大変だ」と継続への課題を挙げた。

 



内閣府の「沖縄子供の貧困緊急対策事業」

 子供の貧困緊急対策事業 2015年末、県内の子どもを取り巻く厳しい状況への緊急的な措置として内閣府が10億円の事業を決定した。沖縄振興計画が続く2021年まで6年間継続するとし、県内では子どもの居場所と支援員の配置が大幅に進んだ。20年度は29市町村に119人の支援員、県と25市町村に144カ所の子どもの居場所などに約14億3千万円を計上した。

 拠点型居場所 内閣府の「沖縄子供の貧困緊急対策事業」は2016年度からの3年間をモデル期間、19年度からの3年間を集中対策期間とそれぞれ位置付ける。モデル期間の経験を踏まえて19年度、引きこもりや不登校など手厚い支援が必要な子どもへの「拠点型居場所」のほか、若年妊産婦の居場所や離島・へき地の取り組み支援を開始した。従来の居場所を「入り口」に、より専門的な支援を必要な子ども・家族に行う。







子どもに社会資源活用を

 



島村聡 沖大地域研究所所長

山野良一 沖大地域研究所副所長

本村真 琉大人文社会学部教授(社会福祉)

 この間の子ども支援について、県や市町村の行政施策にも関わる島村聡さんは「システムを構築する政策論が弱すぎる」と断じる。

 居場所の数は増え、それぞれに経験を蓄積しているが、居場所同士をまとめる組織がない。そのため、知識を共有したり事務作業を共同で効率化したりすることが難しい。居場所と学校や民生委員・児童委員、自治会など地域との情報共有も不十分で「誰に、どんな支援を、どこまでするのか」といった目標を共有できず、十分に支援できないという声も多い。

 支援に関わる専門職に充てられる人件費は低額なことが多く、基本的に1年更新の非正規雇用だ。本村真さんは「長く働きづらく、スキルが蓄積しない」と指摘した。しかも、「内閣府の子供の貧困対策事業」は本年度までとされ、来年度以降は白紙だ。

 山野良一さんは「居場所や支援員は今後も必須なのは間違いない。この6年で根付いてきた事業を制度化し、持続的にする必要がある」とみる。その際に必要な点として「継続的な予算と人」「子どもの権利に立脚した視点」を挙げた。

 島村さんは、税金から報酬が払われるデイサービスのような事業所の設定が、障がい者や高齢者にはあるものの、児童にはないことを指摘した。「子どものための社会資源がとても少ない。声を上げられない子どもには金をかけていない」。復帰以降の公共事業が「大型建設などハードに偏重した。逆転させてソフトを増やさなければ」とくぎを刺した。

 予算と「子ども視点」を持って、教育、福祉、労働と多分野による協議体を組織し、子どもや家族を支援するための横断的なシステムを議論することは県単独でも可能だとした上で、「この6年で見えてきたことを持続させ、創るための組織作りを」と提言した。




 すでにしんどい思いをする人たちに、先が見えないしんどさをさらに負わせることがないように。せめて支援が継続される安心感をつくってほしい。

(黒田華)



 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。




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