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警察官、女子フライ級で「世界のてっぺんに」 ボクサー池本は戦う日を待つ<ブレークスルー>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
「パンッ」とミットに衝撃音を鳴らしスパーリングに励む池本夢実=5月24日、琉球ジム

 警察官として勤務しながら、プロボクシングの世界チャンピオンを目指す女性がいる。日本ボクシングコミッション(JBC)女子フライ級元チャンピオンの池本夢実(25)=静岡県出身、琉球大出=だ。現在は那覇署地域課の自動車警ら係で事件・事故処理に当たる。勤務後や休みの日にジムへ通い、試合への準備を怠らない。コロナ禍で次戦の見通しは立たないが「やるからにはてっぺんに行く」と闘志を燃やしている。

■駆け上がる

 南アルプスを望む静岡県川根本町で自然に囲まれて育った。5歳から松濤館流空手で鍛え、高校2年生で全国高校錬成大会桃太郎杯の個人組手3位に。地元が地域全体で子どもを育てる環境だったこともあり、へき地で勤務する教員を目指し琉球大に進学した。

 ボクシングとの出会いは、2012年のロンドン五輪で村田諒太が金メダルを獲得した試合をテレビで見たこと。「リングに上がって命がけで闘っていた」。故郷には近くにジムがなかったが、進学で来県するとすぐに琉球ジムに入門した。

 めきめきと頭角を現し、16年にプロデビューを果たす。勝利を重ねたが、4戦目のアウェーで判定負け。「最悪でもドロー」と感じた試合だった。その反省を糧に「見ている人全員が納得するよう、圧勝の戦いをする」と誓った。

 5戦目は勝負事に厳しいという母・祐子さんがセコンドに入った。「負けられない」と気を奮い立たせて完勝。18年3月の次戦で国内フライ級女子初代王座を戴冠した。大学卒業時までの戦績は8戦7勝1敗。19年2月の試合を最後に警察官になるため、日本タイトルをひとまず返上した。

■両輪で進む

那覇署地域課に勤務する池本夢実=5月25日、那覇市の県庁前交番

 警察官を意識したのは大学3年の夏。教育実習で学校現場や学習支援ボランティアセンターに通う中、就職への考えに変化が生まれた。授業中に寝ている生徒について教員に事情を聞くと、複雑な家庭環境が学校生活に影響していることを知った。「安心して学校に通える環境をつくれるようになりたい」と、未成年者やその家庭と関わる警察官を志すようになった。

 一方で、ボクシングを諦めるつもりはなかった。両立を後押ししてくれた沖縄県警に進路を決め、19年4月に県警察学校に入校した。

 現在は自動車警ら係として管轄区域をパトロールし、事件・事故があればいち早く現場に駆けつける。24時間ほとんど睡眠を取らずに勤務に当たる日もあり、当初は両立するのが想像以上に大変だった。それでも「ボクシングへのモチベーションは全然落ちなかった」という。仕事に慣れ始めると週4、5回はジムに通えるようになった。

 ボクシングの緊迫した掛け合いは、事件・事故現場で間合いの取り方などの対応につながり、精神力が培われたという。警察学校では体力に加えフィジカルが強化され、競技に生きている。勤務する那覇署地域第一課の眞喜志覚課長は「どんな事案にも冷静に対処している」と見守る。

 ジムでは仲井眞重春チーフトレーナーと日々の課題と向き合いながら、技術を磨いているが、昨春に見込んでいた世界戦は新型コロナの影響でなくなった。試合ができないまま世界ボクシング協会(WBA)フライ級のランキングは5位からランク外になった。

 ジムは年内にも公式戦が行えるよう計画している。池本はファイトマネーを受け取らず、ジムの取り分以外は子ども食堂に寄付するつもりだ。「夢は自分だけのものではない。応援してくれる人や環境を与えてくれた人の期待に応えたい」。沖縄発の女子世界チャンピオンとなるべく意欲をかき立てている。

(古川峻)