カヌー五輪内定の當銘を競技に導いた松田さん 誘った何気ない一言とは


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2009年5月の県高校総体・カナディアンペア500メートルで優勝した當銘孝仁(左)と松田錦史朗さん=糸満市報得川

 何気ない声掛けが、まさかオリンピアンを生むなんて―。沖縄水産高カヌー部OBの松田錦史朗さん(29)=那覇市=は、極めて希少な経験の持ち主だ。高校2年の時、アルバイト先で意気投合した一つ違いの後輩に軽いニュアンスで声を掛けた。「お前、腕長いし、カヌーやってみたら?」。この一言が、カナディアンシングル1000メートルで東京五輪代表に内定した當銘孝仁(28)を競技の世界に引き込むきっかけとなった。

 カヌー部に所属しながら、高校近くの海ぶどう養殖場で、いけすを洗うバイトをしていた松田さん。その現場にあとから入ってきた高校1年当時の當銘の印象はこうだ。「すごいおしゃべり。今と全然変わらない」。勤務者の中で高校生は2人のみ。すぐに打ち解けた。

 今でこそ筋肉隆々の當銘だが「当時はまだヒョロヒョロだった」。しかし身長が高く、腕が長い。「一回カヌーやってみたら?」と誘うと、すぐに「やってみたいすね」との返答。小学校の頃から地元の糸満ハーレーに親しみ、水上感覚やパドルさばきを磨いてきた當銘にとってその声掛けは「ハーレーにも生かせる」とすんなり入っていった。

當銘孝仁に「五輪でも自分らしく頑張ってほしい」とエールを送る松田錦史朗さん=10日、糸満市の沖縄水産高

 翌春に名指導者の平良祐喜監督(現宮古総実高)が赴任し、部のレベルが格段に向上した。2人は2009年の県総体カナディアンペア200メートルと500メートルで2冠を達成。平良監督の下、最終学年で結果を出した松田さんは「練習はめちゃくちゃきつかったけど、最後は最高に楽しかった」と栄光の時を振り返る。

 その後、當銘は3年でジュニアの日本代表となり、素質を完全に開花させた。「本当にすごい。センスの塊」と後輩を誇る松田さん。「孝仁は自分が誘わなくても絶対カヌーをやっていたと思う。自分のおかげとかじゃない」と謙遜するが、當銘は「あの誘いがなかったら競技をやっていない」と感謝は尽きない。カヌー競技で県勢2人目の五輪出場という自らの快挙を「錦史朗さんのファインプレー」と笑う。

 代表内定の一報を受けた時、松田さんは「鳥肌が立った。自分のことのようにうれしかった」とほほ笑む。現在、沖縄水産高の実習船「海邦丸」で司厨長を務め、船上の食をあずかる。今月中旬から五輪開幕直前までは海上生活が続くが、本番は自宅でテレビ観戦する予定という。共にパドルをこぎ、活躍を見守り続けて13年。「孝仁は追い込まれれば追い込まれるほど力を発揮する。自分らしく、頑張ってほしい」。世界最高峰の舞台で、悔いのない航走を願っている。

(長嶺真輝)