脅かされる「水の安全」、基地汚染源の調査できず<SDGsで考える 沖縄のモンダイ>


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 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、地域や社会をよくしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだ解決されていない。SDGsの理念にある「誰1人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。連載企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」は、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。3回目は地域の人々の健康や命に直結する水の汚染問題について考える。

 5月の昼下がり。仲宗根由美さん(35)=北谷町=が家族の夕飯を準備するために水道栓をひねる。蛇口の先には浄水器が備え付けられている。月に約5千円がかかる。子育て世代の若い世帯には、決して小さくない額だ。「PFAS」と総称される有機フッ素化合物を取り除く効果がある「逆浸透膜(RO膜)」を用いたタイプで、見付け出すまでに時間がかかった。

 仲宗根さんが暮らす北谷町にある北谷浄水場は、地元の他に那覇市や沖縄市、宜野湾市、浦添市、北中城村、中城村の計7市町村、計45万人に水道水を供給する。同浄水場の取水源を巡っては、発がん性などのリスクが指摘される有機フッ素化合物PFOSやPFOAなどによる汚染が問題となってきた。

水道の安全に疑念を抱き、取り付けた浄水器の説明をする仲宗根由美さん=5月26日、北谷町の仲宗根さん宅

 長女(4)、長男(2)に続き、今年4月には次男も生まれた。PFASは胎児や子どもに与える影響が大きいという研究報告もあると聞き、「小さな子どもは口に入れるものを自分で選べない。少しでも安心なものを与えたい」と浄水器を設置した。

夕飯の準備で米を炊く際に出る米のとぎ水

 米を炊いたり、スープや汁物、カレーを作ったり。日々口に入れる水道水の量は思いのほか多い。「水道水が無関係な人なんていない」。炊飯器のスイッチを入れた。

 2016年、北谷浄水場の水源である比謝川水系や嘉手納井戸群が高濃度のPFASで汚染されていることが明らかになった。

 県企業局の調査で、米軍嘉手納基地を通る大工廻川から1リットル当たり183~1320ナノグラム、比謝川の水をくみ上げる比謝川ポンプ場から同41~543ナノグラムのPFOSが検出された。調査結果の公表時点で、日本国内における環境基準の数値は未設定だった。

 調査では、嘉手納基地内を通る大工廻川で最も検出値が高かった。PFASは飛行場などで長年使われてきた泡消火剤に多く含まれることなどから、県企業局は嘉手納基地が汚染源の可能性が高いと指摘し、立ち入り調査を求めている。だが、米軍は5年以上たった今も調査を拒んでいる。

 14~19年に県企業局が実施した嘉手納井戸群の水質調査によると、滑走路そばにある「K16」と呼ばれる井戸から、最も高い1リットル当たり582ナノグラムのPFOSが検出された。同じく滑走路に近い「K15」井戸の調査地点は2番目に高い同332ナノグラムだった。企業局は現在、K16井戸からの取水を止めている。

 PFASは自然環境中でほとんど分解せず、「永遠の化学物質」とも呼ばれる。汚染源を特定して除去しなければ土壌や地下水への蓄積は続くが、基地内を調査できずにいるため、汚染が放置されている。県企業局は「出口」である北谷浄水場の浄水装置にPFOS・PFOAを低減する粒状活性炭を入れて、“応急措置”をしている状態だ。

 問題に動きがあったのは20年春。厚生労働省が水道水中のPFOSとPFOA濃度について、1リットル当たり50ナノグラム以下という「暫定目標値」を初めて設定した。環境省も河川や地下水の「指針値」を同じ50ナノグラム以下に設定した。

 県企業局によると、北谷浄水場のろ過後の水に含まれるPFOSとPFOAの濃度は、21年度平均(4月現在)で1リットル当たり12ナノグラム。粒状活性炭を使って水をろ過していることや、ダム水の容量に余裕がある時には比謝川水系からの取水割合を減らすなどしてPFAS濃度の低減を図り、厚労省の暫定目標値をクリアしていることから、県企業局は水道水は「安全」だと強調している。

PFOSやPFOA…県も「応急措置」

 しかし、仲宗根さんの懸念は消えない。PFOSやPFOAに関する科学的知見は発展途上で、各国とも安全の基準は変動を続けている。国際的な規制はさらに強化されていく流れだ。日本国内の“基準”である1リットル当たり50ナノグラムは、米連邦環境保護庁が採用する同70ナノグラム以下よりは厳しい。しかし、米カリフォルニア州はPFOSが6.5ナノグラム、PFOAが5.1ナノグラム、ミシガン州はPFOSが16ナノグラム、PFOAが8ナノグラムなど、州単位では日本より厳しい規制もある。「これだけだから大丈夫だと言われても、本来入っているべきでない有害物質が入っていることが問題だ。しかも、汚染は続いており、これを飲み続けなくてはいけない」。仲宗根さんは不安を口にする。

 水質汚染問題が明らかになったのは16年だが、仲宗根さんがこの問題を知ったのは20年だったという。たまたま参加した勉強会で実態を知り、衝撃を受けた。一方、多くの県民がこの問題を知らないと感じている。以来、問題解決を求める署名活動や北谷町への意見書提出、インターネットでのアンケートなどにも取り組んできた。

 「米軍基地の汚染を調査できない日米地位協定の問題もある。一番のゴールは基地をなくすことだと思う。それが根本的な解決だが、こうしている間にも水は汚染されている。日米地位協定が改定されるまで待ってなんかいられない。子どもたちには今すぐ汚染されていない水を飲ませたい」と切実に訴えた。

 仲宗根さんは、少なくともPFASの影響が大きいと指摘される子どもや妊婦がいる家庭に対して、行政が必要な浄水器の設置費用を負担することなどを当面の対策として求めている。

 米国のバイデン政権は皮肉にも、汚染発生の責任者に対して浄化費用を負担することなどを定めた米スーパーファンド法の規制対象に、「有害物質」としてPFASを追加し、規制を強化する方針だ。

 また米環境保護庁(EPA)が水道水中のPFOS・PFOA濃度に「生涯健康勧告値」を定めているが、これを強制力のある「上限値」に切り替える。だが、遠く離れた沖縄で、米国の動きは鈍い。

 仲宗根さんは「幼少期から北谷で育った。これからも北谷で生き、子どもたちを育てていく。住む地域によって、口にする水の安全性に違いがある不平等はあってはならない。水源の汚染が変わらないのであれば、それ以外の水源をここに流してほしい」と訴える。

(島袋良太)

用語

 PFAS 有機フッ素化合物の総称。物質としての安定性が高いため、環境中でほとんど分解せず、人や動物の体内にも蓄積する。そのうち「PFOS」は発がん性などが指摘され、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)で国際的に製造・使用が制限され、国内でも一部例外を除き原則的に使用・製造が禁止されている。「PFOA」は世界保健機関(WHO)の外部機関が発がん性の恐れがある物質に指定し、主要な化学メーカーが既に自主的に使用を廃止している。PFOSの代替物質として普及した「PFHxS」も後に有害性が指摘され、国際的に規制の動きが出るなど、未解明な部分も多い。

 

調査実現へ情報発信を
 田代豊氏(名桜大学教授)

 

 米軍基地による環境汚染の調査などを続けてきた名桜大学の田代豊教授(環境化学)は(1)水の安全性に関する情報の透明性(2)汚染源の特定と除去による根本的な解決(3)汚染された水系以外の活用によるリスク回避―が重要だと指摘する。

 日米地位協定に基づき基地内の汚染調査について、米軍が拒否することが壁となっており、基地内調査の実現に向けたデータの収集や発信、調査の実現を求めて内外から圧力をかけることが重要だと提言する。

 水道水のPFAS低減のために浄水器を設置する家庭があることについて、田代教授は「PFASに関する科学的な知見はまだ不十分だ。県が安全だと発表する値にも不安を感じる心理の表れだろう。安全に関する情報にできる限り透明性を持たせると同時に、検出値を第三者が二重チェックすることも信頼の確保に役立つかもしれない」と語った。

 市民が抱く不安のもう一つの要因として「汚染源はずっと残っている。検出値が現在の基準以内だと説明されても『でも、それを飲み続けて大丈夫なのか』という不安は解消しない」と指摘した。「本来は汚染源を突き止めて除去する必要がある。これまでの調査結果を読むと、基地内に汚染源があるのは明らかだ」と強調した。

 一方、「長期にわたる汚染は範囲が広大な可能性がある。その場合、調査や除去はかなり大がかりになる。供給能力とのバランスもあるが、汚染された河川や地下水から取水源を切り替える議論も必要だ」と話した。

 「そもそも、基地のような環境汚染リスクのある施設は住民の生活圏から一定の距離を置き、リスクを切り離さないといけない。沖縄のような狭い島に基地が立地すると、汚染が生活圏に及ぶことを避けられない」とした。

 人間の体の約6割は水分でできている。水はそれほど私たちの生命維持に欠かせない。仲宗根さんが言うとおり、人間である限り水が関係ない人はいない。毎日どれほどの水を口にしているだろう。その水に有害物質が入っていたら「これだけだから大丈夫」と言われても、「あ、そうなの、分かった。ごくごく」とは言いづらい。まして有害物質を出した当事者がその調査や除去に非協力的であれば、不信感はより募る。まずは実態調査が不可欠だ。安全の担保なしに安心はない。国や県は命の源である水の安全を守ってほしい。

(島袋良太)

 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。