木に刻まれた「山を返せ」 住民が守った世界遺産の森・沖縄やんばるを歩く


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エゴノキに刻まれた「アメリカ帰れ 山を返せ」の文字=7日、国頭村安田(喜瀨守昭撮影)

 世界自然遺産への登録が間近に迫る、やんばるの森。国頭村伊部岳には「アメリカ帰れ 山を返せ」と刻まれたエゴノキが今も静かに葉を茂らせる。この木を発見した村公認ガイドでやんばるエコツーリズム研究所代表の中根忍さん(64)は、1970年に米軍の実弾演習を地域住民が体を張って阻止した「伊部岳闘争の『生き証人』ではないか」と、森を守ってきた先人たちに思いをはせる。7日、国頭村安田の県道70号沿いに車を止め、中根さんの案内で伊部岳に入った。

 「これは葉がトイレットペーパー代わりになったオオバギ」「あれは胃腸薬に使われたアカメガシワ」。中根さんの説明に驚き感心しながら聞いていると、わずか数百メートルを進むのに1時間もかかっていた。

 沖縄市出身の中根さんは、山の動植物について地元安田区のお年寄りから教わった。地域の人にとって山は、古くは琉球王朝時代から貴重な現金収入となる材木やたきぎとなる木々が育ち、薬や日用品として生活を支える動植物が生きる恵みの場だった。

 1970年、米軍は地域住民も気付かないうちに実弾演習場を建設した。同年12月31日の演習実施を計画し、その1週間ほど前に国頭村に通告した。村議会は即時に抗議決議を採択し、小中学生まで参加した住民ぐるみの阻止行動を展開した。31日当日は、何百人もの住民が未明から山に登り、着弾地とされた伊部岳山頂に座り込み、米軍の有刺鉄線を越えて砲台に立ちふさがった。

エゴノキに刻まれた文字を説明する中根忍さん

 「アメリカ帰れ 山を返せ」。こう刻まれた木の周辺は今も、湿気を帯びた落ち葉が積もり、枝を広げる大木の向こう側には山頂に近い空が見える。「こんな山の中で米軍に対峙(たいじ)していたのか」。文字に触れ、山を守ろうとした住民の深い思いが中根さんの胸に迫るという。

 住民の抵抗で伊部岳の実弾演習は中止されたが、復帰時に日米が在沖米軍基地の使用条件などを秘密裏に定めた「5・15メモ」では今も訓練場での実弾訓練が許容されている。

 東村高江に新たな米軍ヘリパッドが着工された2016年以降、東村や国頭村の東海岸ではオスプレイなど米軍機の飛行も増した。伊部岳からの下山後、ふもとにある安田小学校のすぐ上を、何機ものオスプレイが空気を振るわせて通り過ぎた。「伊部岳闘争で守れなければ今の自然はなかっただろう。世界自然遺産登録を機に自然がもっと守られるようになってほしい」。中根さんは力を込めた。
 (黒田華)


 オンラインで きょうシンポ

 琉球新報、南日本新聞社
 世界自然遺産登録を控え、琉球新報社と南日本新聞社は地域の魅力と未来を語るシンポジウムを10日午後3時半からオンラインで開く。

 視聴は琉球新報ユーチューブチャンネルhttps://www.youtube.com/watch?v=1-EM3Etcn2Eから。

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