<琉球料理は沖縄の宝 安次富順子>5 身近な食材の取り合わせで健康に 庶民料理にみるクスイムンの「神髄」


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イラブー汁

 沖縄では、昔から食べ物と健康に関する言葉として、「クスイムン」(薬になる食べ物)「ウジニイ」(体力の補いになる食べ物)「医食同源」「以類補類(いるいほるい)」(病んでる部位を同じ部位で補う)「土産土法(どさんどほう)」(土地で採れたものを土地の料理法で料理する)「不老長寿」「滋養強壮」などが使われてきました。食材の効能を体で知り、それらの組み合わせを考え、巧みに取り合わせた多くの料理があります。庶民の料理こそ琉球料理の神髄と言えましょう。

<沖縄食の思想・医食同源>

 亜熱帯の厳しい自然条件の下で、台風や干ばつに耐え、貧しい生活を強いられた庶民は、病気を治癒する薬と食べ物の根源は同じであるという「医食同源」の思想に基づき、食と真剣に向き合い、知恵と工夫を凝らした食生活を送ってきました。

 昔の庶民料理は、「クスイムン」でなければならなかったといっても過言ではないと思います。体の具合が悪くても医者や薬に頼れる時代ではなかったので、食べ物は民間療法でもありました。「クスイムン」といっても、高価な食材や薬膳的な食材を使うのではなく、日常の身近な食材が使われました。食材の効能を知り、具合が悪ければその症状に合わせて、食材を選び料理します。それも一種類の食材に頼るのではなく、多種類の食材を取り合わせて作ることが多く、それは琉球料理が多種類の食材を使ったものが多いことにも表れています。

牛肉のお汁

 「クスイムン」を代表するものに、「シンジムン(煎じ汁)」があります。煎じるというのは単に煮るだけではなく、とことん煮込んで滋養のある成分をすべて抽出し、そのエキスをそのまま飲む、または料理に使うもので、病気の予防から、治療的なものまで広くあります。

 病気の予防的なもの、つまり体力をつけたり、疲労を回復させたり、クンチ(根気)をつけたりする「シンジムン」にチム(肝)シンジ、イラブー(エラブ海蛇)シンジ、ヒージャー(山羊)汁、カチュー(鰹節)湯などがあります。

 チムシンジは一般家庭でよく利用されているもので、豚レバー、赤肉、にんじんなどを弱火で煮出し、煮汁が半分位になるまでゆっくり煮出して作ります。

 イラブーシンジは、イラブーを7~8時間煮込んで取れる濃厚なエキスが「不老長寿」の薬として、また「滋養強壮」剤として珍重されています。※またチーシマシグスイ(血をきれいにする薬)、リュウマチに効くともいわれています。

カチュー湯
イカ墨汁

 ヒージャー汁は体が温まりスタミナがつくことからヒージャーグスイと呼ばれ、庶民の栄養補給源として食べられています。

 カチュー湯(かつお湯)は、丼に削り節をたっぷり入れて熱湯を注ぎ、塩、しょうゆ、みそなどを入れてかき混ぜ、その汁を飲みます。かつお節から出るうまみと風味が即効的に体力回復に役立つとされています。

 病気治療のものとしては、風邪の時の牛肉と人参の汁があります。現在は発熱時などには、ほとんど医薬品が使われているので、姿を消したものに、発熱時などのターイユ(鮒(ふな))シンジ、クーイユ(鯉(こい))シンジ、トゥヤーシー(牛肉の内臓)、虫下しとしてのナーチョーラー(海人草)シンジ、打ち身などにヌワタ(牛肉の内臓)などがあります。

 シンジ以外に「以類補類」の思想も根強く残っています。膝の痛みにはアシティビチを、貧血には血イリチーを、肺の病には肺をなどというように病んでいる部位と同じ部位を食べ治してきました。(現在豚の血、肺はHACCPの管理により入手が困難になっています)

 さらに、薬効がうたわれている野菜に、ゴーヤー、フーチバー(よもぎ)、ンジャナ(苦菜)、イーチョーバー(ういきょう)、ハンダマ(水前寺菜)、サクナ(長命草)、クヮンソウ(萱草)などがあり、これらも巧みに食してきました。

 このような食べることに真剣に向き合った先人たちの姿に触れたとき、これこそ生き抜く力であり沖縄の心ではないかと感じました。食べ物が体にどのように働くかを感じ取る力を昔の人は備えていたと思われます。たとえば、イカ墨汁は「サギグスイ」(下げ薬)といわれ、のぼせや頭痛、産後の回復につながる効果があるといわれています。今、イカ墨汁を食べて「サギグスイ」を実感する人はどのぐらいいるでしょうか。昔の人はイカ墨汁を沸騰させたら「サギグスイ」ではなくなるといっています。今はそのことが科学的にほぼ裏付けられているのですが、昔の人は科学的な裏付けなしに自分の体で感じていたのです。本当に素晴らしいと思いました。

 (琉球料理保存協会理事長)
 


 安次富順子(あしとみ・じゅんこ)

 那覇高校、女子栄養大学家政学部卒。1966年~2016年まで新島料理学院、沖縄調理師専門学校(校長)勤務。沖縄伝統ブクブクー茶保存会会長。主な著書に「ブクブクー茶」「琉球王朝の料理と食文化」「琉球菓子」など。


ウチャワキ

嗜好に走りがちな現代

 食べ物があふれている現在の嗜好(しこう)に走りがちな食べ方に対し「今の人は喉から上だけでものを食べている。舌で感じる快さのみで、体にとって良いか悪いかを全然気にしていない」と言った古老の言葉が印象に残っています。

 現在、油脂、塩分、糖分の多い手軽に食べることのできる食べ物が幅を利かせ、健康への影響が懸念されています。先人たちがその食を大切にしたからこそ、長寿県沖縄がありました。長年にわたり受け継がれた食べ物へ向き合う真剣な姿勢を、今一度見直し、継承したいものです。