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違い際立った緊急事態下の五輪報道 コロナとのバランス模索も<メディア時評>


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠
金網に囲まれ人を寄せつけないオリンピックスタジアム(国立競技場、東京五輪の期間中に筆者撮影)

 沖縄にとって「初めての日本の五輪」は、バッハIOC会長がいみじくも言った通り、「歴史的な大会」として記憶に残ることであろう。緊急事態措置下の大会をどう伝えるか、どのメディアも悩みどころであったと伺える。ここでは期間中の新聞報道をおさらいしておこう。沖縄地元2紙のほか、開催地から東京新聞と神奈川新聞、在京全国紙の読売、朝日、毎日、産経、日経の各紙を比較検証してみる。

 その前に琉球新報1964年10月10日付夕刊を紹介する。復帰前の県内を回る聖火リレーの記事もそうだったが、開会式における選手団入場の「日の丸」を強調するかの写真が印象的だ。ただし、これは沖縄紙に限らず日本のほかの新聞もみな同じで、高度成長期に入ったニッポンを誇らしげに伝える記事が続き、トーンは「祝祭」で統一されている。そしてこの五輪報道の基調は、おおよそその後、変わることなく今日まで続いてきたと言ってよかろう。それが今回の五輪は、そもそも招致の段階から揺れていた。

 時間をさかのぼること8年、2013年9月のIOC総会における安倍首相の「アンダーコントロール」発言(状況は完全にコントロールされている、汚染水の影響は完全にブロックされている、被ばく量は国内どの地域でも基準の100分の1と説明)を伝える段階で、当時のメディアは迷い、そして割れていた。

 例えば読売は、「汚染水、ダメージ与えぬ」「汚染水『確実に解決』」と連日、安全性を強調する見出しだ。これに対し東京は、「あきれた」「違和感」といった言葉を見出しにとり、翌日からは1面大型連載「原発収束 待ったなし」を始めている。

 一方で朝日は、「汚染水不安 振り切る」と報じたものの、1週間後には「汚染水『制御』迷走 コントロール程遠く」とした。

 この構図は、実は今回もそっくりだ。

 別表から明らかなように、1面トップ見出しは大きくは、(1)五輪「祝祭」報道、(2)コロナ禍中心報道、(3)両にらみ報道、に分かれる。

 そして(1)に分類できるのが、産経と読売である。ほぼ例外なく1面は、金メダルほか五輪ニュース中心の紙面作りであった。ただし両紙ともに、感染者数の急激な伸びと緊急事態宣言拡大を受けて、1面を大きく二つに割り、五輪とコロナ禍等をほぼ同じスペースで報じるという方法を採用した。ただしいずれにせよ、先にあげた招致段階の五輪全面支持指向を、きちんと継承していると言える。

 (2)の代表は東京だ。その姿勢は一貫していて、祝祭色はゼロと言ってよかろう。冒頭の3日はトップ記事に五輪関連を据えたものの、いずれも批判的な内容だった。その後はほぼコロナ関連で、日によっては1面に五輪関連記事が全くない日もあった。これまた、招致段階の姿勢を継承していると言ってよかろう。神奈川も地元の感染爆発を受け、コロナ中心の紙面展開だった。毎日の紙面作りもそれに近い。とりわけ、ワッペンと呼ばれるキャンペーン風の記事が多く、五輪を斜に構えていたのが特徴であった。

 これらに対し、朝日は招致同様「悩み」が見られる紙面展開と言えないか。それはまた、特有のバランス感覚でもあろうし、世の中の空気の反映とも言えるのかもしれない。最初は祝祭紙面、次は読売同様の2分割(両にらみ)紙面、そして後半はコロナ紙面で、五輪・コロナ以外のニュースをトップ扱いした日が5回で、五輪・コロナ・その他がほぼ同数だ。ここでは、(3)として分類をしておくのがよかろう。

 さて沖縄紙である。ちょうどこの時期、開幕時期は台風直撃、そして国内最悪の感染状況に見舞われ、「五輪どころではない」状況であったともいえる。さらには世界遺産登録とも重なった。本紙(琉球新報)はそれをきれいに反映した紙面展開であった。また、辺野古新基地建設に絡むサンゴ移植記事を複数回トップに据え、五輪=6・5、その他=5・5、コロナ=5で、朝日同様にトップ見出しがきれいに分かれた格好だ。

 一方で、地元出身選手を大きく取り上げることは県紙の大きな役割でもあろう。そこで五輪祝祭報道の中身は基本、県内選手の活躍(メダル獲得)である。この点は、沖縄タイムスもほぼ同じであるが、より出身選出の扱いを優先したきらいがある。

 今回の比較は単純な1面トップ見出しのみの比較だが、こうした傾向は扱う写真にも現れる。冒頭で紹介したように「日の丸」を大きく扱う社と、そうでない社(開閉幕式やメダル表彰式でも構図に入れない)、さらに国別のメダル獲得一覧表を掲載するかしないかなど、紙面展開には大きな違いが見られた。

 単にコロナ禍だけの問題ではなく、ナショナリズムや、商業オリンピックが曲がり角にあることを明確に表し、意識せざるをえなかった2週間であったといえるだろう。

 ぜひともパラリンピック後には、総合的な検証を各紙に期待したい。
 (専修大学教授・言論法)
 (第2土曜掲載)