葬送文化物語る資料 伊是名諸見区 「龕」を村教委に寄贈 84年まで葬儀に使用


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 慶田城 七瀬
教育委員会に寄贈予定の伊是名・諸見区「龕(がん)」

 【伊是名】伊是名村諸見区の海岸にある龕屋(がんや)で保管されている葬具「龕」が村教育委員会に寄贈されることになり7月27日、区長や教育委員会の学芸員が確認作業した。龕屋とは、葬式の際に遺体を運ぶための龕を納める保管場所で、龕は、諸見区と内花区が共同で使用してきたもので、1984年4月に落成した火葬場ができるまで葬儀に使用されてきた。

 龕屋は取り壊し予定で、龕は今後村の資料館に移され村の貴重な文化財として保管される予定だ。

 この龕は1964年に諸見区の大工、島親保(しんぽう)さん(故人)が作った。島さんは国頭出身のやんばるぜーく(大工)で、戦後の村内の小学校改修の仕事で島に来て、島で家庭を築き定住した。

 島さんは住宅や村の産業支援センターなどの大きい建築もできたが、手先が器用で細かい作業も得意で、船大工や、宮大工、指物師としても活躍した。村内のトートーメーも多数手がけ、オールマイティな大工だった。

 親保さんの息子の島優(まさる)さんは「10歳くらいのとき、そばでこの龕を作るのを見ていた。組み立て式で折りたためる、すごい技術だと思った」と当時の様子を話した。

 村教育委員会の大城正泉さんは「30年も経っていたが、よく原形を留めていてくれた。地域の葬送の文化を物語る文化財資料なので大切に保管して地域学習などに活用していきたいと思っている」と話した。

 (比嘉陽子通信員)