コロナ禍で非正規にしわ寄せ 弱者作らない社会をどう作るか<成長のエンジンと翼・新沖縄振興計画の展望>上


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新たな沖縄振興計画の策定に向け、オンラインを活用して開かれる県と市町村の意見交換=7月、那覇市の県庁

 新たな沖縄振興計画の策定に向けた作業が進んでいる。これまでの振興計画の経緯や課題などを踏まえ、新たに策定される計画に必要な視点などについて経済学者で法政大学名誉教授の屋嘉宗彦氏が原稿を寄せた(全3回)。

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 感染爆発の収束はまだ見えず、制御不能という発言も出るコロナ禍の中で、「新しい沖縄振興計画.素案」(以後、新計画と略)が審議の過程に入っている。新計画は、「沖縄21世紀ビジョン基本計画」(以下、21ビジョンと略)を引き継いで、その延長線上に「SDGsを取り入れ」、その達成に寄与しつつ、21ビジョンが描いた沖縄の将来像を実現することを目指している。2022年度から31年度までが計画期間である。

 未曽有の危機

 この新計画が実行に移されるとき、問題になるのは、新型コロナ感染拡大の影響である。19年末からの感染拡大によって20年度の沖縄の入域観光客数は前年比72.7%減少し、観光需要は19年度の7047億円から4639億円減少して2400億円程度になる。家計消費や公共.民間投資の減少もあり、全体では6482億円の需要減少である。

 新計画は、この額が11年度から17年度までの沖縄県の県内総生産(名目)増加額7215億円に迫るものであり、「沖縄経済は未曾有(みぞう)の危機」に陥っていると指摘している。新計画は、スタートにあたって、この危機の克服を課題とせざるを得ない。

 この危機の中で明らかになったことをさらに2点、指摘するとすれば、一つは社会の格差構造すなわち貧富の格差が従来にも増して明らかになったことであり、もう一つはコロナによって私たちの働き方や生活スタイルが否応(いやおう)なしに変わらざるを得なくなったことである。

 事業者もダメージを受けているが、コロナ不況はパート、アルバイト、派遣等の非正規雇用労働者の就業の不安定さを明らかにした。県の労働力調査によれば、2019年4月に24.7万人であった非正規職員.従業員は、2020年4月には23.4万人と大幅に減少し、2021年5月にも23.1万人と減少している。同じ期間に正規職員・従業員は、35.7万人から36.7万人、そして36.9万人と増えている。

 つまりコロナ感染拡大に伴う需要減少は、賃金水準の低い非正規雇用者(雇用者全体の38.5%を占める)にしわ寄せされ、その失業を増やしている。

 安全・安心な島

 新計画は基本目標として「安心・安全で幸福が実感できる島」、そして「誰一人取り残すことのない優しい社会」の実現を掲げている。その実現のためには、失業、不安定就業、低賃金の問題に取り組まなければならない。

 国連で採択されたSDGsは、前文で次のように宣言している。「我々は、あらゆる形態及び側面において貧困と飢餓に終止符を打ち、すべての人間が尊厳と平等の下に、そして健康な環境の下に、その持てる潜在能力を発揮することができることを確保することを決意する」。そして目標の第一番目に貧困の解消を掲げている。

 新計画も「心豊かで、安全・安心に暮らせる島」をめざす基本施策の第一番目に「子供の貧困の解消に向けた総合的な支援の推進」を掲げ、詳細な取り組を提示している。また基本施策の3「希望と活力にあふれる豊かな島を目指して」では、「非正規雇用労働者の待遇改善」を取り上げている。

 ただそこでは、今日、待遇改善のスローガンともなっている「同一労働同一賃金」という言葉は見当たらず、「正規雇用労働者と非正規雇用労働者の均衡のとれた賃金決定を促進する」とされている。

 取り残さない

 また新計画は、非正規雇用拡大を正当化した「多様な働き方」「柔軟な働き方」を推進するという施策も打ち出しているが、柔軟.多様な働き方が不利な働き方にならないためには、ヨーロッパのように同一労働同一賃金原則が確立されなければならない。

 SDGsは、現状に痛みを感じる弱者の視点から発想されたものである。沖縄も痛みを感じる位置にあり、だからこそ21ビジョンと新計画の五つの将来像は切実にSDGsと重なる。その沖縄の内部に弱者を作らないことがSDGs実現への寄与である。

 もう一つの問題は、私たちの働き方.暮らし方の変化である。アフターもしくはウィズ.コロナの生活に関して、新計画は「新しい生活様式/ニューノーマル」を予想する。確かに、外出自粛やリモート勤務は、私たちに働き方や生活スタイルの変化を強いた。卑近な例だが、筆者の周りでも研究会等はすべてZOOM(ズーム)利用になった。コロナ禍が収束しても、Z00Mでの研究会がノーマルになるかもしれない。しかし、仕事で空間的距離が問題にならなくなり人間の接触が希薄化するほど、私的には人との交流や旅行のような空間的移動を欲するようになるであろう。新しい生活様式のあり方は、コロナ後の観光の見通しにも関わる。

屋嘉宗彦氏(法政大学名誉教授)

 新計画は、デジタル技術で暮らしや産業に変革を起こす「デジタルトランスフォーメーション」(DX)も盛り込んだ。新計画が強調する沖縄全体のDXは、主に産業の競争力強化を念頭におくものだが、それが雇用や賃金にどのような影響を与えるか、デジタル.デバイドすなわち変化から「取り残される人」が生じないかなどの問題と併せて施策を考慮する必要がある。

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 やか.むねひこ 法政大学名誉教授、法政大学沖縄文化研究所客員所員。1964年に那覇高校卒業。香川大学を卒業し、一橋大学大学院博士課程単位修得。主な著書に「マルクス経済学と近代経済学」(青木書店)、「現代資本主義の経済理論」(青木書店)、「沖縄自立の経済学」(七つ森書房)など。