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ロシアのアフガン戦略 「一国イスラム主義」狙う<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 8月30日、アフガニスタンから米軍が全面撤退した。

 <バイデン米大統領は8月31日、アフガニスタン駐留米軍の撤退を受けてホワイトハウスで演説し「国益に合わなくなった戦争の継続は拒否する」と表明した。イスラム主義組織タリバンの復権や各国による自国民らの退避で混乱を招き、拙速だったと批判される撤退について「米国にとって正しく賢明で最善の決断だ」と理解を求めた。/30日のアフガン駐留米軍撤退完了後初の国民向け演説。バイデン氏は「アフガンだけでなく、他国を立て直すための大規模軍事作戦の時代を終わらせる」と述べ、米国の対外関与が転換点にあるとの認識を示した>(1日本紙電子版)

 客観的に見て米国はタリバンとの20年戦争に敗北した。敗北の原因の一つは、米国のインテリジェンス分析の弱さだ。米国は、偵察衛星、通信傍受、無人偵察機などでさまざまな情報を入手し、ヒュミント(人によるインテリジェンス活動)も行っていたが、アフガン人の内在的論理をつかむことができなかった。

 この点、ロシアは米国と異なり、正確なインテリジェンス分析を行っていた。日本政府もロシア情報を最大限に活用し、情勢分析は間違えなかった。8月末に筆者のもとにクレムリン(ロシア大統領府)筋からアフガニスタン情勢に関する分析メモが届いたが、そこでは以下の見解が示されていた。

 <タリバン自体は国際的な脅威ではない。ロシアはタリバンと長く接触を続けてきたが、彼らの関心は外国に対する干渉ではなく、彼らが宣言しているように、モデル国家としての「アフガニスタン・イスラム首長国」を建設することにある。それは民主国家とは全くかけ離れた、集権的な政府、大統領、軍なども持たないもので、タリバン指導者は必要なのは「大評議会(幹部会)」だけだと強調しており、同時に、「タリバンの新しい顔、国内の和解を示す」ために、旧政府の人間の参加も認めると言っている。

 ロシア、中央アジア、そして、中国などに特に脅威となるのは、アフガニスタン国内に存在する1万人程度の「イスラム国」(IS)とアルカイダの戦士たちだ。彼らはイラク、シリアと戦闘を続けてきた。タリバンは彼らと2019年に合意を形成、その結果、彼らはアフガニスタン政府内に権力を求めない代償として、支配地域における安定した支配と外国での活動の自由を与えられた。今後、彼らの支配地域は世界のイスラム過激テロリストたちの拠点となる。彼らが今後、米国や欧州でテロ活動を展開しても、米軍撤退の後、彼らを攻撃できる国はない>

 8月初頭に筆者がクレムリン筋から得た情報ではアフガニスタン内のIS戦闘員は約5千人だった。これが1カ月足らずで約1万人に増えている。中東やパキスタンから過激派がアフガニスタン領内に急速に流入しているものとみられる。

 ロシア外交の基本は現実主義だ。「アフガニスタン・イスラム首長国」が国内でシャリーア(イスラム法)を厳格に適用し、国際基準での人権に反する行動を取っても、それは国家の主権事項であるとして目をつぶる。しかし、アフガニスタン内のIS戦闘員が中央アジアやロシアでテロ活動(ISからすれば聖戦)に従事した場合は、軍事的手段を含め徹底的に封じ込めるという姿勢だ。

 タリバンも建前としては、世界イスラム革命を志向している。これを「一国イスラム主義」に転換させようとするのがロシアの戦略だ。歴史的類比では、レーニン・トロツキー型の世界共産主義革命路線が、スターリンによって一国社会主義に転換したことがある。このことを念頭に置いてクレムリンは対アフガニスタン外交を展開しているように思える。

(作家、元外務省主任分析官)