元海銀頭取の湖城英知氏が死去 87歳 都市モノ社長など歴任、2千円札、かりゆし普及に尽力


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 慶田城 七瀬
湖城 英知氏

 沖縄海邦銀行頭取や沖縄都市モノレール社長などを務めた湖城英知(こじょう・ひでとも)さんが3日午後2時51分、病気のため自宅で死去した。87歳。名護市出身。自宅は那覇市前島。告別式は8日午後3時から3時45分、那覇市曙1の20の39、那覇葬祭会館本館で。喪主は妻紀美子(きみこ)さん。

 名護高校、日本大学法学部卒業後、1958年、沖縄相互銀行(89年に沖縄海邦銀行に行名変更)に入行。主に営業畑を歩み、97年に頭取就任。銀行マンの傍ら緑化運動や観光客への「めんそーれ」一声運動、かりゆしウエア普及など組織の枠を超えて環境保全や地域経済の振興に取り組んだ。

 沖縄都市モノレール前任の社長の稲嶺恵一元知事に請われ、03年に同社社長に就任。在任中「ゆいレール」の顔として誘客に奔走した。目標を上回る乗車率を実現し、経営を軌道に乗せた。

 那覇大綱挽の継承発展に尽くすなど観光振興にも貢献した。06年旭日小綬章受章。07年度、琉球新報賞(経済・観光功労)を受賞。12年度、観光振興部門で県功労者表彰を受けた。