センダンががん細胞「自食」を誘導 オートファジーの仕組み


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

根路銘氏(生物資源研)と山本氏(OIST)の共同研究  医薬品化に期待

やんばるに自生しているセンダン=本島北部

 【名護】県内に自生するセンダンの葉から抽出した成分に、がん細胞のオートファジー(自食作用)を促し、最終的に殺す効果があることが10日までに分かった。ウイルス研究の権威で、生物資源研究所(名護市)の根路銘国昭所長と、分子生物学者で沖縄科学技術大学院大学(OIST)細胞シグナルユニットの山本雅(ただし)教授が共同研究で明らかにした。人の70種類のがんで効果が確認された。センダンの抗がん作用は、根路銘氏が2004年に発見していたが、がん細胞を殺す仕組みは解明されていなかった。医薬品化される可能性が高まり、がん治療に大きく貢献しそうだ。

 オートファジーとは細胞が自分のタンパク質を分解してリサイクルする自食作用で、仕組みを解明した大隅良典・東京工業大栄誉教授(71)が10月3日、ノーベル医学生理学賞を受賞している。

 根路銘氏は10日、センダンががん細胞のオートファジーを誘導する現象について特許を申請。11日には沖縄コンベンションセンターで行われる第70回国立病院総合医学会の特別講演で発表する。さらに近く根路銘氏と山本氏の共同執筆で米国の医学誌に論文を発表する予定。

 根路銘氏は県産のセンダンから毒性を取り除いた成分をがん細胞を移植したマウスに投与したところ、大腸がん、肺がん、胃がんの細胞を殺した。培養がん細胞では70種類のがん細胞を殺した。さらにがんにかかった犬約30頭にも投与した結果、76%の犬で腫瘍がなくなったり、がんの成長が止まったりした。

 根路銘氏の研究で、センダンの抽出成分に含まれる11種類の化学物質によって、がん細胞の分裂やDNA合成を阻止していたことが判明した。現象発生の理由が分からなかったため、根路銘氏は2014年に山本氏に協力を依頼。今年1月、センダンががん細胞のオートファジーを誘導していたことを発見した。

 根路銘氏は「既存の抗がん剤より効果があり、経口投与で副作用もない。医薬品化し、沖縄の新たな産業として発展させていきたい」と話した。山本氏は「がんの細胞を殺してがんの増殖を止めているのは間違いない。がんの患者にとっては有効で朗報だ。オートファジーの基礎研究にも貢献する」と話した。

(宮城久緒)
(2016年11月11日掲載)

 


センダンに多様な働き 腫瘍壊死因子の分泌も

がん細胞を移植したマウス(上)とセンダンの葉から抽出した成分を経口投与しがん細胞がなくなった後の同じマウス(生物資源研究所提供)

 【名護】生物資源研究所の根路銘国昭所長と、沖縄科学技術大学院大学の山本雅教授の共同研究でセンダンの抗がん作用は、オートファジーの誘導だけではなく、ほかにもいくつもの働きが複合して起こっていることが判明している。(1面に関連)

 センダンが持つ働きは他に(1)がん細胞の死滅やウイルス感染症の予防と治療に重要な役割を果たすインターロイキン12の誘導(2)腫瘍細胞を壊死(えし)させるサイトカイン(免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質)の一種、腫瘍壊死因子の分泌(3)ウイルス感染や細胞の悪性化などで異常な細胞が発生した際、攻撃する初期防衛機構として働くナチュラルキラー(NK)活性の誘導(4)アポトーシス(自分の役目を終えたり、不要になったりすると、自ら死ぬ現象)による核破壊に伴うがん細胞死の誘導(5)DNA合成の準備期間であるG1細胞周期での1本鎖DNA(二重らせんを形成していないDNA)合成の阻止—だ。

 根路銘所長は「多機能のメカニズムが作用している。センダンの持つ能力は本当にすごいものだ」と話している。免疫学的な分析は沖縄高等専門学校の池松真也博士に依頼したという。

 

用語 オートファジー

 細胞内部のタンパク質を分解して再利用するシステムで、細胞が備え持つ基本的な機能。特に細胞が飢餓に直面した時に活発化するという。細胞内でつくられた特殊な膜が直径0・001ミリくらいの範囲を取り込み、閉じた膜になる。その膜に包み込まれたものは分解された後にリサイクルされると考えられている。がん細胞は生き残るためにオートファジーを利用しているとの論文もある。ノーベル医学・生理学賞を受賞した東京工業大学の大隅良典特任教授は、菌類の「酵母」でオートファジーに不可欠な遺伝子を多数特定した。がんやパーキンソン病などとも深い関係があることも明らかになりつつあり、世界で研究が進んでいる。

用語 センダン

 センダン科の落葉広葉樹。九州や南西諸島に自生し、東アジアや東南アジアの熱帯から亜熱帯に広く分布。果実は鎮痛剤、駆虫剤などに用いられる。成長が早く二酸化炭素CO2の吸収力に優れているといわれている。家具材、用材、公園や公共施設などの植え込みに使われる。

 

(2016年11月11日掲載)


共同研究の根路銘氏と山本氏に聞く

『センダンは「神の樹」』根路銘国昭氏

Q.なぜ沖縄の植物に目を付けたのか。

 「学生の時、自分の顔を見て彫りの深さなどから本土の人と違うと思うようになった。沖縄の人のルーツを探る中で亜熱帯の地域に遺伝子のルーツがあることに気付いた。亜熱帯の地域で多くの自然が残る沖縄には、人間の体にも影響を与える可能性のある植物が多いのではないかと考えた」

Q.センダンに抗がんの作用がある成分が含まれることに気付いたいきさつは。

 「沖縄の植物2300種類を片っ端から調べた。その中で一番最初にセンダンで発見することができた。10年にわたる研究でセンダンを含む12種類でがん細胞に効果がある植物を見付けた。現在、センダン以外の複数の植物についても研究を続けている」

Q.マウスでの実験の経過は。

 「マウスに人の胃がんや肺がんの細胞を移植した。腫瘍は直径2〜3センチにまで膨らんでいた。センダンの葉から抽出した成分を口から4日に1回0・5ccずつ投与した。少しずつ腫瘍が小さくなっていくのが確認された。1カ月でがんの細胞が消えた」

Q.イヌでの実験は。

 「より人に近いということで、がんにかかった約30匹のイヌに対しても投与した。成分を経口投与したイヌの76%で腫瘍がなくなったり、がん細胞の成長が止まった。現在確認されている抗がん剤は治療の効果があるのは25%と言われる。センダンはその3倍でしかも経口投与で副作用も全くない」

Q.今後は。

 「10日に特許の申請をした。医薬品化を目指す。沖縄のやんばるの森にあるセンダンの確保とさらなる栽培も必要になると思う。センダンはまさに『神の樹』だ。沖縄の新たな特産物として沖縄振興の起爆剤にもなるのではないか」
 

 ねろめ・くにあき 生物資源研究所所長。国立予防衛生研究所呼吸器系ウイルス研究室長、世界保健機関(WHO)インフルエンザ・呼吸ウイルス協力センター長などを歴任。ウイルス研究、ワクチン開発の世界的権威。スペイン風邪のルーツを解明。インフルエンザに効果があるセンダン由来の予防・消毒剤を開発。カイコを使ったインフルエンザワクチン量産体制の技術を世界で初めて確立。2003年、「国際ウイルス賞—ウイルス学の百年」を受賞。09年、琉球新報賞(学術功労)受賞。77歳。本部町出身。

 

山本雅氏「沖縄の自然 可能性大」

Q.根路銘国昭氏に協力を依頼された経緯は。

 「東京大学医学研究所に勤めていた時、当時国立予防衛生研究所にいた根路銘先生とインフルエンザ研究の関係でお会いした。2011年に沖縄に来た後、根路銘先生からセンダンの成分が分子レベルでがん細胞にどう影響しているか調べてほしいと依頼を受けた」

Q.研究の経緯は。

 「マウスのがん細胞に成分を投与するとがん細胞が増えなくなった。どの部分で分裂が止まっているのか調べたら、いろいろな部分で止まっていた。オートファジーが起きていた。そのまま放っておくと、細胞が死んだ。オートファジーを起こさずアポトーシス(自分の役目を終えたり、不要になると、自ら死ぬ現象)する細胞もあった」

Q.がん細胞は生き残るためにオートファジーを利用するという説もある。

 「論文は分かるが、実験ではオートファジーが発生し、細胞が死んだ。オートファジーでリサイクルされたものが何らかのエネルギーとして使われているのだとは思う」

Q.発見の価値は。

 「センダンの成分ががん増殖を止めているのは間違いない。がん細胞に影響を与える化合物に変化を加え、補正体を作るとさらに別のがんに効くものができる可能性もある。がんの幹細胞(元になる細胞)を殺すことができれば可能性は広がる。天然の化合物から病気に効くものを探す領域はまだまだ残っている」

Q.今後は。

 「専門分野ではないが、面白い研究に参加させてもらいありがたく思っている。センダンの成分がどうオートファジーを誘導しているかも解明したい。沖縄の自然は可能性を秘めている。集中的に研究する機関を造ってもいいのではないか」

 

 やまもと・ただし 沖縄科学技術大学院大学(OIST)細胞シグナルユニット教授。理化学研究所 統合生命医科学研究センターセンター長。米国国立がん研究所客員研究員、東京大学医科学研究所所長兼東京大学評議員などを歴任。日本の分子生物学者。理学博士。世界に先駆けてがん遺伝子erbBの遺伝子配列を決定するなどがんの分子標的治療開発への道を開く。1984年日本癌学会奨励賞、87年高松宮妃癌研究基金学術賞、2014年日本癌学会吉田富三賞などを受賞。69歳。福井県出身。

(2016年11月11日掲載)

 


【記者解説】センダン抗がん作用 天然資源の重要性確認

 生物資源研究所の根路銘国昭所長と沖縄科学技術大学院大学の山本雅教授の共同研究で、センダンにがんの細胞を殺す作用があることが明らかになった。センダンは自然の物質のため、抗がん剤などと比較し副作用がなく、将来のがん治療の可能性を大きく広げそうだ。

 センダンは強い毒性を持ち、抽出液をそのままマウスに投与すると死んでしまう。根路銘氏はセンダンの抽出液から毒素を抜く研究から開始。1年かけて100万個の分子を1万個程度に少なくすることで毒素を抜くことに成功した。

 毒素の抜けたセンダンの抽出液の成分は、オートファジー(自食作用)の誘導のほか、多機能なメカニズムでがん細胞を殺す。医薬品化されるには今後複数の段階が踏まれることになりそうだが、根路銘氏は「おそらく60%以上のがん患者の生命を副作用のない状態で救命できる」と想定している。

 さらに植物など天然資源でオートファジーを誘導する物質の発見は珍しいとみられる。今回の発見はがん治療の前進のほか、オートファジーの基礎研究への貢献、沖縄の自然の重要性を再確認させたことでも大きな意味を持ちそうだ。

 根路銘氏はセンダン以外にも沖縄にはまだまだ可能性を秘めた植物があるとして研究を進めている。まずは、今回の研究の成果を受けて、センダンの葉の抽出成分が副作用のない経口投与の抗がん剤として、医薬品指定されることが待たれる。

 (宮城久緒)
(2016年11月11日掲載)

 


研究10年 大きな一歩 根路銘氏 沖縄植物にこだわり

 【名護】「まさかオートファジーが関係しているとは思いもよらなかった」。経口投与できる抗がん剤の開発を目指してきた生物資源研究所の根路銘国昭所長が約10年の研究を経て、開発に向けた大きな一歩を踏み出した。

 なぜセンダンががんの細胞に効くのか解明できなかったため、センダンの抽出成分で製造した飲料も医薬品の許可が下りず、2014年、米国の医学誌に提出した論文が拒否された。「悔しくて仕方がなかった」。

 根路銘所長は約20年前知り合ったがん研究の第一人者、沖縄科学技術大学院大学の山本雅教授に協力を依頼。オートファジーが要因だと突き止め、「大変な発見だと興奮した。2年間待っていた。小さな研究所で長年続けてきたかいがあった」と感慨深げに話した。

 根路銘所長から依頼を受けた山本教授は、胃がんのがん細胞で研究を開始。センダンの成分を加えると、細胞内に液胞のようなものができ、しばらくするとがん細胞が死ぬことを確認した。「明らかに何らかの現象が起こっている」。実験を繰り返すうちにオートファジーの現象に似ていることが分かった。「これがオートファジーか」。目の前で繰り広げられる現象にくぎ付けになった。

 発見は今年6月ごろ。研究を進めていた10月、オートファジー研究の第一人者、東京工業大学の大隅良典栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞する。根路銘所長と山本教授は「すごいタイミングだ」と笑い合ったという。

 根路銘所長が経口投与による抗がん剤の開発に意欲を燃やすようになったのは、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)に入所していた30代のころ。恩師2人が抗がん剤の副作用に苦しみながらがんで亡くなった。「副作用のない抗がん剤を作りたい」。根路銘所長は2005年ごろからウイルスの研究をやめ、沖縄に自生する植物からがんに効く成分がないか2300種類の植物を片っ端から調べた。「センダンはまさに『神の樹』だ。他にも興味深い植物について多く研究を進めている」と話した。

 山本教授は「根路銘先生は自然由来にこだわり、地道に研究を続けて来た。沖縄の自然は可能性を秘めている」と述べた。

(2016年11月11日掲載)