豊かな海、守るのも壊すのも人 サンゴ礁の恵みが支える島の暮らし<SDGsで考える 沖縄のモンダイ>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、地域や社会をよくしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだに解決されていない。SDGsの理念にある「誰一人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。連載企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」は、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。6回目は辺野古新基地建設に関連して話題に上ることが増えたサンゴの移植について考える。

 名護市辺野古の新基地建設が進む大浦湾では、埋め立て予定地に生息するサンゴを別の場所に移動する「移設」が進められている。3日、ダイビングチーム・レインボーの牧志治代表の案内で大浦湾の海に潜った。ホンダワラなどが生い茂り、藻場の中には1メートルを超すハマサンゴも点在する。その周りにはスズメダイなどの小魚がすみかにしていた。

 「せっかくだから、植え付けが終わった場所も見てみようか」。牧志さんは8月中旬に約830群体の植え付けが終わった、辺野古崎南側の水域「S5」に寄ってくれた。午前11時半、水温は32度と生ぬるい。

「移設」のためにかごに詰められたサンゴ=3日、名護市の大浦湾(一部画像を加工しています)

 植え付けられた場所はもともと海草藻場だった。海草がきれいに刈られた部分に、小さなサンゴが接着剤で固定されている。周囲にはキクメイシなどのサンゴも点在する。「移設」から3週間以上たち、接着剤は緑がかり基盤となじみつつある。植え付けられた一部のサンゴは色が薄くなっていた群体もあり、牧志さんは「弱っている。移植が原因かね」と声を落とした。

 サンゴ礁は沖縄の暮らしや文化と切っても切り離せないが、海水温上昇や沿岸開発で世界的に危機的な状況にある。1998年、2016年にはサンゴ礁の大規模な白化現象も確認された。

 「サンゴ養殖・移植」はサンゴ礁の生態系を保全する手段の一つとして、また観光客など一般の人たちへの啓発の手段としても、県内で実施されている。方法は大別して四つ。(1)親サンゴの断片を他の場所に植え付ける「直接移植」(2)断片を育成して植え付ける「無性生殖」(3)産卵の時期にバンドルを採取して種苗の状態まで育て上げ、植え付ける「有性生殖」の方法だ。この三つはサンゴを「増やす」取り組みとして、サンゴ礁の保全に効果があるとされる。

 四つ目として、サンゴ群体をそのまま別の場所に移す「移設」がある。沿岸開発の際に実施され、埋め立て予定地に生息するサンゴの生物多様性を維持するのが目的だ。辺野古の新基地建設や那覇空港第二滑走路建設でも実施された。

 那覇空港滑走路増設事業では14年度までに、埋め立て予定地にあった約3万7千群体のサンゴが周辺海域に移設された。小型サンゴ類の約3年後の生残率は、ミドリイシ類で20%、アオサンゴ類は71%と報告された。

 台風などで海底にある礫(れき)や岩がサンゴにぶつかり破損したことなどが理由で死滅した。他地域で実施しているサンゴ養殖・移植事業の例と比較すると、決して高い数字とは言えない。

 約4万群体の移設を予定している辺野古新基地建設では、政府が工事加速の狙いから水温が高温となり、生残率がさらに下がることが予想される真夏の「移設」が進められている。本来の目的である多様性維持より、工事を進めるための「免罪符」に使われている格好だ。

 サンゴ礁の生態系は簡単に回復するものではない。実際に、移設されたサンゴの中には色が薄くなり弱っている群体もあった。辺野古の海を04年から撮り続けている牧志さんは「工事のために豊かな海が破壊されてしまっている」と語った。

「サンゴの村」恩納 官民一体で保全

 美しいサンゴ礁景観を誇る恩納村は、地域の自然環境の保全と育成のため2018年に「サンゴの村宣言」をした。サンゴ礁保全のため、行政と民間が一体となり取り組む地域だ。

 恩納村恩納の海中では、サンゴが規則正しく並ぶ養殖場が広がる。海底に打ち込まれたくいの上にサンゴが乗り、規則正しく並ぶ姿から「サンゴ畑」と形容される。鉄筋や棚の上などでサンゴを育成する手法を「ひび建て式養殖」といい、恩納村漁協が開発した。村内では養殖した親サンゴから断片を採取し、海底に移植する方法を組み合わせるのが一般的だ。

恩納村漁協が開発した「ひび建て式」で養殖されるサンゴ=10日、恩納村恩納のサンゴ養殖場

 きっかけは1998年に県内各地で確認された、サンゴの大規模な白化現象だった。サンゴ礁の生態系が担う役割は大きく、将来的にモズク養殖場などの収穫に影響が出ると懸念した同村漁協は、同事業に取り組んだ。

 ひび建て式は海底が砂地でもサンゴを置くことができ、環境が悪化するとくいを抜いて別の場所に移動することもできる。オニヒトデなどの天敵に襲われるリスクも減った。だが、ひび建て式は親サンゴの断片を養殖して植え付ける無性生殖での手法。クローンが増殖するため、遺伝的多様性が低くなる懸念があった。

 養殖場の周辺海域に生息するサンゴから断片を採取し、現在は11科15属54種のサンゴがいる。親株を変えたり、植え付ける種を場所によって選定したりと試行錯誤を繰り返し、これまで約3万5千本を植え付けた。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究によると、養殖されたサンゴ集団は野生のサンゴ群集の遺伝的多様性と同等に、高いレベルであることが分かった。

 サンゴは生物のすみかになり、出す粘液は周辺生物の栄養となるなど、生態系の中で重要な役割を担っている。モズク漁に関して恩納村漁協の仲村英樹さんは「数字的な裏付けがあるわけではないが、徐々に収穫量が増えていると地元の漁師も感じている」と振り返る。

 サンゴ養殖・移植は環境保全において、観光面や教育面でも重要な役割を担う。村内では県内企業などで構成される民間団体や、ダイビング事業者がサンゴ養殖・移植に取り組む。

 同村漁協と連携してサンゴ移植に取り組むダイビング店「ラグーン」では、サンゴの植え付け体験プランを用意している。県外から多くの人が参加し、好評だ。池野正一代表は「海の恩恵を受けているから環境を守りたい。利益だけ求めると自然が壊れてしまう」との思いから事業に取り組む。

 村内の中学生は総合的な学習の時間などでサンゴ礁保全を学ぶ。サンゴの専門家や研究者の話を直接聞き、実際に外に出てサンゴを観察する。多くの子どもたちがサンゴ養殖・移植について学び、環境保全の理解を深める機会となっている。

後世見据え考える
 中野義勝氏(県サンゴ礁保全推進協議会会長)

 

 島の暮らしは、島々を囲み荒波から守る裾礁(サンゴ礁)の恵みによって支えられてきた。峰々に囲まれ守られた間切の人々は、前の浜のイノー(礁池)で魚を獲(と)った。耕地を持たない追い込み漁師たちは折々に間切を訪れ、沖で漁を行い米や野菜と物々交換し、人々は家族や親族よりも深い縁で結ばれていた。サンゴ礁保全について考える時、長いスケールの中で物事を考える必要がある。

 資源を利益のために使い尽くすことなく、後世のためにいかに資源を残していくか。考えなければならないことは多くある。サンゴ養殖・移植はサンゴ礁保全のための一つの要素技術であり、過剰に期待してはいけない。

 一度サンゴが死滅した場所に対策をせずに、サンゴを植えても効果は薄い。移植は造園技術のように手をかけ続けなければならない。サンゴの寿命は長く、移植一つとっても50年先まで見据えた保全方法を考えるべきだ。恩納村漁協の「ひび建て式養殖」はサンゴにとって潮通しの良い場所を選び、砂の上でも養殖できる。本来の生息場所のサンゴがいなくなった時、養殖サンゴが生きると保全につながる。

 われわれにはサンゴ礁保全に対するリテラシー(読み解く力)向上が求められている。本物の普及啓発とは、自分たちが豊かになるために知恵を働かせることだ。良い資源を残して、資源を生かして観光などにつなげる。

 世界最大級の海洋保護区「パパハナウモクアケア」を擁するハワイでは、住民のコンセンサス(合意)を得て資源を活用し、経済にリターンしている。県内でも開発により資源が損なわれることで、誰が損をするのか考え判断しなければならない。得た利益は将来を見据えた自然資源に分配することが重要になる。

サンゴ礁の恵み

 何千、何万年とかけてできたサンゴ礁をたった数十年で回復させることは簡単ではない。サンゴ移植の成果は見えづらい。養殖・移植に取り組む事業者には周囲から厳しい意見が寄せられることもある。報道後の風評被害を心配し、取材に応じてくれない人もいた。

 1本植え付けるにも費用と労力がかかる。長期のモニタリングの事例も少なく、移植先に適した種の選定や、移植後の赤土流出対策など課題は多い。生残率は50%でも高い数字だと思えず、失礼を承知で取材相手に「移植は本当に効果があるのか」と問い続けた。島の暮らしが、どれだけサンゴ礁の恵みによって支えられてきたか。サンゴ養殖・移植に携わる人々はよく理解し、今日も汗を流している。そのことを忘れず、何ができるかを考え続けたい。

(喜屋武研伍)

 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。