民衆抑える治安立法 交友・思想調べ人権侵害などの憲法違反 <住民監視の危険~土地規制法の問題>上


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自衛隊基地や原発など安全保障上重要な施設周辺の土地利用を規制する法案を、与党などの賛成多数で可決した衆院内閣委=5月28日

 自衛隊や米軍基地の周辺、国境離島など政府が安全保障上重要だとする土地の利用を規制する法律(土地規制法)が、6月16日の参院本会議で賛成多数で可決、成立した。政府が定めた土地の周辺住民を調査し監視することにつながりかねない点や沖縄での影響など、同法の問題点について識者2人が原稿を寄せた。

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 菅義偉首相は、コロナ対策を放擲(ほうてき)しながら、悪(あ)しきレガシーを残して退陣した。その最たるものの一つが「土地規制法」であり、通常国会閉幕の6月16日未明、感染症まん延の混乱に紛れて、多くの人々の知らないまま、押し込むようにしてつくった。

 正式名称は、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」であり、内閣府はこれを「重要土地等調査法」と略称している。名称からすれば、何でもない法律と受けとられるが、内容は、明白な違憲立法である。

懲役含む刑事罰

 要点を示すなら、政府(内閣総理大臣)は、自衛隊・米軍基地、海上保安庁、政令で定める「生活関連施設」などの「重要施設」の周囲おおむね1キロの区域と、国境と関係する離島を「注視区域」に指定して、土地・建物の所有者・賃借人に対して利用状況などを調査し、必要に応じて報告を求める。応じなければ罰金刑の対象となる。

 調査の結果、重要施設などの機能を阻害するか、その「明らかなおそれ」があると判断すれば、土地・建物の利用中止を勧告し、さらに命令する。従わなければ、懲役を含む刑事罰が科される。「注視区域」のうちで特に重要とみなしたところは「特別注視区域」に指定し、先の注視区域に対する規制に加えて、一定面積以上の土地・建物の売買に届け出を義務付け、無届けや虚偽の届け出には懲役を含む刑罰が科せられる。

 このような内容の法律であるが、あまりにも問題が多い。特に沖縄の場合、県全体が実質的に規制対象となる。実際、いま沖縄では軍事基地強化が急進展しており、それに対する抗議・反対の動きを抑えることが、まずもってこの法に課せられた役割だといわれている。ただ、沖縄の問題は、本連載(下)の谷山博史氏の論文に譲って、ここでは主に憲法上の検討を加えておくことにしたい。

精神活動を規制

 (1)【「立法事実」の不存在】まず、法律を制定するには、その必要性・正当性を支える事実(立法事実)がなければならないが、それが存在しない。当初、提案者は、外国資本によって広大な土地が取得されるために基地機能が阻害されており、その規制を求める声を受けて立案したものだとしていたが、法案審議を通してそうした事実がないことが判明した。

 たとえば、防衛省は、全国約650の防衛施設に隣接する土地を調査した結果、「現時点で、防衛施設周辺の土地の所有によって自衛隊の運用等に支障が起きているということは確認されていない」(2020年2月25日、衆院予算委)と答えている。本来、こうした時点で、法案は撤回されるべきものであったといわなければならない。

 (2)【あいまい・不明確な概念を故意に使用】この法律は、用語が極めてあいまいで、政府が政令で自由にそれを具体化する仕組みになっている。「おおむね」1キロとしているのもその一例であるが、「生活関連施設」も、原子力発電所などのことだという答弁があるだけで、法律には事例さえ定められていない。

 「施設機能」や「機能阻害行為」の意味も不明で、また、情報提供を求める対象者としての「その他の関係者」とは誰かなども、特定されていない。憲法学の通説によれば、精神活動を規制する法律は、あいまい・不明確な規定を含んでいること自体で違憲とされる。人々の活動を萎縮させることになるからである。

 (3)【人権侵害のかたまり】この法律は、数々の点で憲法上の基本的人権の保障に反している。注視区域・特別注視区域とされた土地・建物の所有者について、政府が利用の中止などを勧告・命令する措置を講じることは、財産権(29条)に対する制約となり、また、そこに住んでいる、また住もうとしている人の居住・移転の自由(22条)を侵害する。

 それと並んで、土地・建物の利用者・関係者に対しては、政府が、関係行政機関や地方自治体の長などから情報を収集し、利用にかんする報告や資料の提出を求めることになるが、その場合、内容に立ち入った調査が広い範囲で行われることが避けられない。

 つまり、人々の行為の中で「機能を阻害する行為」に当たるものがないかを判断するために、関係者の経歴や交友関係、思想・信条などにまで踏み込んだ調査を行うこと、また、土地利用にかんする情報の提供を、刑罰をともなう形で求めること(法8条・27条)は、憲法が保障する個人の尊重やプライバシーの権利(13条)、思想・良心の自由(19条)、さらに表現の自由(21条)を侵害することになる。

 そして、罰則も、たとえば、土地の利用中止命令(法9条)への違反については、その構成要件である「機能を阻害する行為」の具体的内容は、法自らは定めておらず、政府が出す基本方針によって決定される。これは、憲法の罪刑法定主義や適正手続きの保障(31条)に明らかに違反するものである。

安全保障絶対視

 この法律は、治安立法であることをその本質的な特徴としている。今日の治安立法に共通するものは、「安全保障」の絶対視を前提に、反体制的とみなした民衆の運動をその思想において抑え込むこと、法の文言を不明確なものにしておくことで人々の自発的活動を萎縮させ、封じ込めること、そして権力の、政府の中でも特に首相への集中である。

 先の安倍内閣時の特定秘密保護法、共謀罪法はその典型であり、菅内閣発足時の、法は制定されていないが憲法の恣意(しい)的解釈で首相権限の拡張を実例化した学術会議会員任命拒否の措置もそれに加わる。土地規制法は、まさにこうした治安立法の特徴のすべてを具(そな)えた悪法である。

 来るべき総選挙で誕生する政権は、この違憲の法律を発動させず、見直して廃止の措置を執らなければならないものと考える。


 

小林 武氏

 小林武(こばやし・たけし) 1941年京都市生まれ。2011年に南山大学教授・愛知大学教授を定年退職後沖縄に移住し、宜野湾市普天間基地近辺に住む。現在、沖縄大学客員教授・法学博士、弁護士。専攻、憲法学・地方自治法学。主要著書として、『現代スイス憲法』(法律文化社・1989年)、『憲法判例論』(三省堂・2002年)、『地方自治の憲法学』(晃洋書房・2002年)、『沖縄憲法史考』(日本評論社・2020年)、『平和的生存権の展開』(同・2021年)など。