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複合アイデンティティー ウクライナ危機の本質<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ロシアとウクライナの国境地帯の緊張が緊迫度を増している。武力衝突が発生すれば第3次世界大戦(少なくとも第3次欧州大戦)に発展する可能性がある。にもかかわらず極端に内向きになっている日本の政治エリートと報道関係者には危機の本質が理解できていない。

 日本や欧米の新聞を読んでいると、親露派武装勢力がウクライナ東部のルハンスク州(ロシア語ではルガンスク州)の3分の1、ドネツク州の半分を実効支配していることに問題の根源があるように見える。しかし、事態はそれほど単純ではない。ウクライナ東部に住む人々はロシア語を話し、ロシア正教を信じ、自らをロシア人と認識していた。

 1991年12月にソ連が崩壊し、ウクライナが独立した後、キエフの中央政府はウクライナ語化政策を推進した。言語は人々のアイデンティティーに影響を与える。その結果、20年程度で東部の人々はロシア人とウクライナ人の複合アイデンティティーを持つようになった。すなわちロシア語を常用し、ロシア正教を信じるが、ウクライナ語も理解する。自分がロシア人であるかウクライナ人であるか詰めては考えない人々が生まれた。

 2014年からのロシア・ウクライナ対立で、東部地域の人々は自分がロシア人であるかウクライナ人であるかを選択する必要に迫られた。現在、親露派武装勢力が実効支配する地域に住む人々は自らをロシア人と考えている。ウクライナとの統合は望んでおらず、ロシアに併合されることを欲している。ロシアでは14歳以上の国民に国内パスポートが発給される。ルハンスク州、ドネツク州の親露派武装勢力が実効支配する地域では60万人以上がロシアの国内パスポートを保持している。

 ウクライナのゼレンスキー大統領(コメディアン出身でテレビドラマで大統領役を演じ人気が出たことで大統領選挙に出馬し、当選した)はポピュリストで、当初70%あった支持率が現在40%以下に下落している。そこで、ルハンスク州とドネツク州全域に対する実効支配を力で回復する方針を示した。

 現在、ロシア国境にウクライナ正規軍11万人が結集している。それに対抗してロシアも国境地帯に正規軍を10万人動員した。ウクライナ軍が東部2州の実効支配を力で回復しようとすれば、数十万人の住民が武器を取ってウクライナ軍に抵抗する。これら在外ロシア人を見捨てればプーチン大統領の権力基盤が揺らぐ。

 従って、ウクライナが東部2州で軍事行動を起こせばロシア正規軍が国境を超えてウクライナに侵攻する。国際社会はロシアだけでなくウクライナにも自制を求めなくてはならない。

 われわれ沖縄人の大多数も沖縄人と日本人の複合アイデンティティーを持っている。日本の中央政府が、在日米軍専用施設の過重負担など沖縄に対する差別的政策を続ければ、われわれも沖縄人か日本人かどちらか一つのアイデンティティーを選択することを余儀なくされるのではないかと、ウクライナ情勢を分析しながら、筆者は不安になってくる。

(作家・元外務省主任分析官)