社会

次世代につなげる「伝統のその先」へ 日本舞踊家・西川壱弥さん<県人ネットワーク>

日本舞踊家の西川壱弥さん

 三代続く日本舞踊家の家に生まれた。3歳で初舞台を踏み、5歳で歌舞伎座の舞台に立った。舞踊家としての公演のほか、他の芸術家とのコラボレーションやSNSを通して日舞の魅力を発信する。その活動が評価され、昨年11月に開催された、社会に貢献する魅力ある女性を表彰する「Beauty Japan 2021」でグランプリに輝いた。

 幼いころから、父親で日本舞踊十世宗家西川流師範、二代目西川扇一郎に師事し、芸を磨いてきた。高校卒業後、すぐには舞踊家の道に進まず、秋田県の「わらび座」に入団して約2年間、研究生としてミュージカルなどに出演した。退団後、20歳で上京。別の劇団に入団したが、「何かが違う」と感じていた。悶々(もんもん)とする思いを抱えバイト生活を送りながらも稽古を続けた。

 24歳のころ、転機が訪れた。友人のダンサーに誘われ、イベントに出演した。舞台は神社の境内。観客を近くに感じた。「日本舞踊の魅力を伝えるのは何も劇場だけではない」と気付いた。培われてきた「古典」をベースに書道家やシンガー・ソングライターなどさまざまなジャンルとのコラボをはじめ、ヘアメークショーや演劇への出演など活動の場を広げてきた。

 コロナ禍では、イベントが相次いで中止になるなど表現する機会を奪われた。「伝統芸能は簡単に消えてしまう」と危機感を強める。コンテストに出場したのも、そうした危機感からだ。

 祖父の初代・西川扇一郎は戦後、沖縄で芸能一座を立ち上げ、その後、十世宗家西川扇藏氏に師事し県内で日本舞踊を広めた。「憧れの祖父は、表現者としてチャレンジしてきた人だった。次の世代につなげるには『伝統のその先』を考え、今の時代に合ったチャレンジをしていきたい」。400年以上続く伝統芸能を守る強い使命感がにじむ。
 (問山栄恵、写真も)


 にしかわ・いちや 1987年、那覇市出身。本名は富田朱里子。小禄高校卒業。2000年、最年少の13歳で西川流の名取(なとり)試験に合格、20年に師範を取得。都内で日本舞踊教室「朱里(あかり)の会」主宰。

 



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