市民には基地止める選択肢ないまま 熊本博之(明星大教授)<名護市長選の結果を読む・識者の見方>1


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
熊本 博之教授

 名護市長選挙が全国的に注目を集めるのは、普天間飛行場移設問題を抱えるためだ。だがこの問題は市長選の争点になり得ない。なぜなら名護市民は、建設の是非を決定する権利を政府に奪われているからだ。

 政府はこれまで、選挙の結果にかかわらず計画を押し進めてきた。選挙期間中、土砂を積んだトラックが市内を走る姿を何度も見掛けたが「どちらが勝っても建設は進めますよ」という政府のメッセージだったのだろう。

 それでも名護市民は投票に際して、普天間飛行場移設問題について考えざるを得なかった。なぜか。渡具知武豊氏が実績として掲げた子ども医療費、給食費、保育費の無償化の財源は米軍再編交付金で、新基地建設を市長が邪魔しないことが交付の条件だ。

 一方の岸本洋平氏は、交付金に頼らずに三つの無償化の継続などさまざまな政策を実現すると公約に掲げ、新基地建設反対の立場を貫いた。名護市民は、建設を止めることを諦めて交付金を受け取るか、止められる可能性は低くても建設を認めず、交付金も受け取らないかのどちらかを選ぶしかなかったのだ。

 では、渡具知市政の継続を選んだ市民は、新基地建設を認めたのか。そうではないだろう。どちらを選んでも建設は止まらず、自分たちの生活が安定する可能性の高い選択をした市民が多かっただけだ。もちろんその決定は新基地建設を進めることになる。だが「止める」という選択肢がない中で出した市民の決定を、誰が責めることができるだろうか。

 そして当たり前のことだが、名護市長選挙は名護市民のものである。ただでさえ自分たちでは決定できない問題に翻弄(ほんろう)されているのに、選挙イヤーの幕開けや、県知事選の前哨戦に位置付けられてしまえば、市民はへきえきしてしまう。投票率が下がった理由の一つなのではないだろうか。
 (地域社会学)