農畜産業どうする後継者不足 所得増と6次産業化、島のハンデ克服へ模索 <SDGsで考える 沖縄のモンダイ>


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 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、地域や社会を良くしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだに解決されていない。SDGsの理念にある「誰一人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。連載企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」は、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。今回は全国的に1次産業従事者の高齢化や人手不足が叫ばれる中、県内の農畜産業の担い手を取り巻く環境や、持続可能な農業の在り方について考える。

 

■営農環境

 うるま市石川でビワを栽培する大城茂夫さん(73)、笑美さん(70)夫妻。茂夫さんは元々、建築業に身を置いていたが、定年退職を機に娘の夫の家業である農業を手伝うようになり、2009年から夫婦で本格的に就農した。

 「県内でビワが生産されていると聞いて驚いたでしょ」。今が旬の果実を木から丁寧にもぎ取りながら、笑美さんはにっこりと笑う。

オレンジに色づいたビワの果実を一つずつ丁寧に摘む大城茂夫さん(左)と笑美さん=15日、うるま市石川

 県内産は「日本一早い露地栽培のビワ」として主に東京や大阪に出荷され、贈答用として高値で取引されるが、県内ではほとんど出回らない。生産量も最盛期は年間45トンに達していたが、約30年前から農家の高齢化や離農などで生産量は減少の一途をたどり、最近は5トンまで落ち込んだ。茂夫さんは「地産地消が叫ばれる時代。本当は県民に食べてもらうのが一番だが、出荷できる量が少ないし、県外に出した方が高く売れるからね」と複雑な心境を吐露する。

 夫妻は毎朝畑に出掛け、木の手入れをする。ビワの栽培で一番手間がかかるのは芽やつぼみをつむ作業で、一つの枝で四~五つ程度に芽を絞ることで栄養分が集中し大きな実を付けるという。この作業を怠ると果実が小さくなり、売り物にならなくなる。年齢を重ねるにつれ作業が負担に感じることも増えたが「手を掛けた分、農作物は応えてくれる」。夫妻は「いずれ車の運転もできなくなるが、家族の協力を得ながら体が元気な限り続けたい」と話す。

 県内ではビワに限らず農家の高齢化が進む一方で、後継者不足が深刻さを増している。「私たちはたまたま譲り受けた畑や、家族のサポートがあるから農業を続けられる。いずれは畑も家族にバトンタッチする予定だ。幸いにも恵まれた環境だと思う」

 茂夫さんは農家が定着しない現状について「天候や出来栄えで収入が大きく変動する上に、営農するための初期投資も高額。農業は大変というイメージも根強く、一歩踏み出せない人が多いのでは」と分析する。笑美さんは「農家が安心して農業を続けたり人手不足を解消したりするため、行政のより一層手厚い支援や補助があった方がいいと思う」と述べた。

■続けるための工夫

 南部地区さとうきび生産振興対策推進協議会の元事務局長で、サトウキビ農家の国吉和雄さん(73)=八重瀬町=は、生産農家の老齢化と孤立化を危惧する。「サトウキビは県の基幹作物だが担い手も不足しているし、農家の所得向上も永遠の課題だ」とくぎを刺す。

定期的に地域の子どもたちにサトウキビ刈り体験をしてもらっている国吉和雄さん。「小さい頃から畑に触れることで農業や食の大切さが育まれる」と話す=15日、八重瀬町上田原

 限られた土地や畑の狭さも、県内の農業振興や他県との競争力という点で不利に働く。本来、サトウキビは土地利用型作物で「スケールメリット」が効果を発揮する。砂糖の単価が高ければ小規模経営でも成り立つが、これも厳しいのが現状だ。2021~22年産のサトウキビの1トン当たりの生産者手取り額単価は過去最高の2万2711円だったが、資材代の高騰や作業委託料などがかさみ、手元に残る金額はわずかだという。

 国吉さんは「個別農家の自己努力では限界がある」とし、生産基盤の強化や機械化の推進を具現化するためにも、生産法人の機能強化が必須だと訴える。

 また、サトウキビ産業を守るには、農業とそれ以外の仕事を掛け持ちする「兼業」や「通勤農業」も選択肢の一つだと提案する。自身も定年退職するまでは兼業農家だった国吉さんは「担い手不足の一因に、不安定な所得への不安がある。兼業なら一定の所得は確保できるし、収穫期を除き比較的手のかからないサトウキビなら取り組みやすい」と考える。

 高額な機械を導入できなくても、ひと昔前の沖縄では「ゆいまーる」といって、子どもからお年寄りまで地域一帯で協力し合い、各畑の収穫作業を手伝うのが一般的だった。子どもたちは畑仕事の手伝いを通して、農業や食の大切さを学んだ。国吉さんは「孤立化も離農や後継者不足を生み出す。農家数が減る中でも気軽に相談したり、助けを求められる環境が身近にあれば心身の負担が軽くなり、元気に農業を続けられる人が増えるはずだ」と提案した。

■6次産業につなぐ

 新鮮な鶏卵と、その卵を使ったスイーツを製造販売する南風原町の「美ら卵養鶏場」。諸見里元社長(61)によると同社は元々、鶏卵事業のみを行っていたという。

 父親と一緒に養鶏場を営み、11年前に独立したものの、県内の鶏卵価格は安値が続き、「生産しても、生産しても、利益はなかなか生み出せない」状況に苦しんだ。

 農林水産省の資料によると近年の県内の飼養羽数は100~110万羽で推移し、県内自給率は7割程度。一方、県外には一つの養鶏場で10万羽以上を飼養する大規模経営も少なくなく、卵1個当たりの生産コストが格段に安い。沖縄への輸送費を加味した上でも県外産の方が安価なことから、昨今は量販店やスーパーでも鹿児島産を中心に県外産の取り扱いが急増するなど、鶏卵業界でも多くの経営者がスケールメリットに苦しめられている。

 「事業規模を拡大しようにも新たな土地の取得が難しく、収益の大幅増も見込めない」。そこで諸見里社長は飼養羽数を縮小した上で、養鶏場を全面オートメーション化。養鶏に与える配合飼料にもこだわり、卵のブランド化を図った。主な事業経営も6次産業へとシフトした。

 始めは手探りだった自社の卵を使ったケーキやプリンなどのスイーツづくりも、家族一丸となり試行錯誤を重ねて味や風味を改良。一部商品はグルメコンテストで最優秀賞にも選ばれ、着実にファンを増やしていった。

 諸見里社長は「沖縄の立地環境や土地の狭さは変えようがない。施設や設備の機械化による経営の効率化や、自社商品を6次産業にひも付けることで本来の鶏卵事業を守っていけるように挑戦し続けたい」と前を見据えた。

担い手確保へ あの手この手

 沖縄における農林水産業は離島や北部地域をはじめとした多くの市町村で、地域の雇用を支えるなど重要な役割を果たしている。特に本島以外の離島では産業別就業者数に占める農林水産業就業者の割合が高く、1次産業を守ることは食糧の安定供給だけでなく、雇用を守る取り組みにもつながる。県によると、県内では2012年度以降、新規就農者数は年間300人程度を確保できているものの、営農の持続化や農家の所得向上には依然として課題が残る。

 県は新規就農者が安心して営農が続けられるよう、22年度予算に新規就農者支援事業として1億6164万円を計上した。就農への一番のハードルとなる大型機械の導入やビニールハウスの整備などに必要な費用を一部補助する。県の担当者は「就農者に農業の魅力を伝え、経済的負担など不安要素を取り除くことが、担い手確保の第一歩につながる」と指摘する。また、農家を対象とした調査などにより、離農の主な要因に、いったん就農しても想像より重労働で、その割に受け取る報酬が少ないと感じる人が多いことも分かってきた。農業の可能性を収益性などで示せれば、後継者不足を解消できる糸口になり得るという。

 農家の所得向上も長年の課題で、県やJAおきなわは技術指導による生産性の向上や、農作物のブランド化と高付加価値化の取り組み、販路拡大にも力を入れている。

 また、農林水産省は1次産業の成長や地域経済の活性化などを目的に、農山漁村の6次産業化を推進している。沖縄総合事務局によると、県内でも多様な地域資源を生かした取り組みが年々増え、21年9月末までに61事業者が6次産業化・地産地消法に基づく認定を受けている。
 

グラフィック作成:上原明子

「経済」から価値観転換
 内藤重之氏(琉球大教授)

 

 農林水産業は、景観保全や地域ならではの食など観光への影響も大きく、沖縄経済にとって非常に重要な産業だ。

 食料自給率37%の日本はこれまでオーストラリアの干ばつ、コロナ禍での米国の食肉工場閉鎖といった世界的な出来事で食品価格が高騰し、大きな影響を受けてきた。地産地消は世界的な流れだが、一方でTPPなど貿易自由化も進められている。土地が狭く人件費が高い日本や沖縄で生産されたものは、価格競争では太刀打ちできない。

 消費者が安いものを求めれば小売店や外食産業は割高な国産・県産を避けざるを得ない。多少高くても国産・県産を選ぶよう消費者の意識が変われば品ぞろえも変わる。経済的に選択できない場合もあるが、経済合理性ではなく、文化や食の安全保障、健康などへ、地域の価値観を転換していくことが重要だ。

 青果物の8割は卸売市場を通して量販店や食品製造、外食産業に販売されている。農家の所得を増やすにはここを増やす必要がある。卸売市場に出すには決まった時・量・価格・品質で供給する「4定」が必須で、実現するには個々の農家が大規模化するか、集まって組織化するしかない。

 農家の組織化には農協の役割が大きいが、沖縄では県が中央卸売市場を運営し、公的な役割がある。卸売市場の卸売業者が個別の農家から作物を集荷するだけでなく選別や包装もし、まとめて県外や業者に売ることで、農家が生産に集中して労働生産性を高めるのも一つの方法だ。小菊は平張りハウスの普及で台風被害を避けて、より安定供給できるようになった。技術革新で改善できる課題もある。多面的な取り組みが必要だ。

 (農業経済学)

 

「大変」イメージ払拭へ

 農家の高齢化や後継者不足が全国的に叫ばれる中で、沖縄ならではの課題も見えてきた。特に土地の狭さや島しょ地域という立地環境ゆえに他府県と比べて生産量が限られ、輸送コストもかかる点は、農家の自己努力だけでは解決できない複雑な事情が絡んでいる。

 一方で、各農家が事業を継続するために試行錯誤し、解決策を模索する姿に勇気付けられた。「農業イコール大変」だというイメージを払拭(ふっしょく)できるかどうかでも、沖縄の農業を取り巻く環境は変わる気がする。

 その実現には、行政や農業団体の技術支援や補助は必要不可欠だろう。農業の楽しさや魅力、可能性を広く伝えていくことも。私は、できる限り県産食材を選ぶことで農家を応援したい。

(当銘千絵)

SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。