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ロシア外務省声明 日ロ関係、冷静に見極めを<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 日ロ関係が急速に悪化している。

 <ロシア外務省は21日、北方領土問題を含む日本との平和条約締結交渉を中断すると発表した。北方領土への旧島民の墓参などを目的とした日本とのビザなし交流の停止や、北方領土での日本側との共同経済活動から撤退する意向を表明した。ウクライナ侵攻に伴う制裁に日本が加わったことへの反発が理由とみられる。/ロシア外務省の声明は「ウクライナ情勢に関する日本側による一方的で非友好的な関係制限」を交渉中断の理由とし「このような条件下では両国関係にとって重要な文書の署名を議論することは不可能」と説明。「2国間関係に及ぼす損失の責任はすべて日本側の反ロシア的行動にある」と非難した>(22日、本紙電子版)

 ロシア外務省声明を精読すると、日本との関係を維持するための「仕掛け」が含まれていることに気づく。声明は∧ロシア側が現在の条件において、公然たる非友好的立場をとり、わが国の利益を侵害しようと意図している国家と2国間関係の基本的関係についての文書に署名する議論をすることが不可能であることを考慮して、平和条約に関する日本との交渉を継続することを望まない∨と記している。

 興味深いのはこの声明でロシアが「現在の条件において(v nyneshonikh usloviyakh ヴ・ヌィネシュニフ・ウスロヴィヤフ)」と述べていることだ。裏返していうならば条件が変化すれば平和条約交渉の席にロシアが再び戻るというニュアンスがある。またビザなし交流に関しても、ロシアが停止した対象に元島民の墓参は含まれていない。墓参という目的ならば、日本人がビザなしで北方領土を訪れることはできるのだ。この可能性をつぶさないようにすることが重要だ。

 さらに漁業関係の日本との合意をロシアは停止するといっていない。日ロ政府間の漁業協定とした重要なのは、ロシア系さけ・ますに関する協定だ。

 日ソ漁業協力協定(正式名称は「漁業の分野における協力に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」)及び日ソ地先沖合漁業協定(正式名称は「日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の両国の地先沖合における漁業の分野の相互の関係に関する協定」)に基づき、「日本200海里水域」及び「ロシア200海里水域」における日本漁船の漁獲量などの操業条件に関して、毎年、日ロ両国政府は協議を行っている。

 また民間協定であるが、貝殻島昆布協定(歯舞群島の貝殻島周辺における日本漁船の昆布操業)もある。これらの協定についてロシア外務省の声明が言及していないことは、ここについては日ロ関係を悪化させる意図はないというロシアからのシグナルの可能性がある。東西冷戦時代、日ソ関係が険悪な時期においても、両国は漁業関係だけは維持していた。

 漁業においても日ロの協力関係が停止すると北方四島周辺やオホーツク海で日ロの緊張が急速に高まり、偶発的な武力衝突が起きる可能性が高まる。このような事態を防止するためにも日ロ間の漁業協力体制を維持することが重要だ。

 今は戦時下なので、ロシアの政治エリートは興奮している。このような状況で冷静な議論はできない。この戦争はいずれ終わる。戦後、ロシアが外交政策を再調整するときに、平和条約交渉を再開する方策を今から日本政府が考えておく必要がある。

(作家、元外務省主任分析官)