プーチン氏のナルシシズム ウラジーミル大公とは自分だ 菅原文子さんコラム<美と宝の島を愛し>


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 大国の政権トップが上半身裸で乗馬する姿をこれ見よがしのカメラ目線で写させ、マッチョな筋肉を披露するなど、男性性にこだわるプーチン大統領の姿はナルシスティックだ。再来年にはロシアで大統領選挙が行われる。その選挙で国民から圧倒的な支持を得て、永世の名誉を保障された帝王的大統領としてロシアに君臨し続けたいプーチン氏はここ何年もそのような時代錯誤の思考に陥っていたのではないか。

 世界一の国土面積を有し、地下資源も豊富、エネルギー資源の売り込みにも成功し経済力を付けた。だがプーチン氏の内心の不満は増していた。欧米諸国はロシアを利用するだけで今でも後進国視している。ナルシシスト・プーチン氏の見えない頭の中を勝手に想像すると、米欧強国への恨みと怒りをため込んできた姿が見える。プーチン氏が内心に抱く米欧コンプレックスは相当に根強い。世界の首脳と対面すればするほど、個人的な恨みは深まる。

 日本人も欧米白人へのコンプレックスは根強いと思われるがそれでも経済力を付けたことと、米軍基地が広く深く日本に入り込み、米国軍部の指揮下から日本が逃げ出さないためにG7に組み込まれ、経済力が落ちた今も首脳を送る地位を保持している。そのことで東アジアの国と言うより米欧強国の一角と錯誤し続け、内心のコンプレックスをごまかしてきた。だが、ヨーロッパ大陸の辺境に位置するロシアは、米欧先進国の経済と軍事力、存在感を常に目の当たりにし、憧憬(しょうけい)と畏怖という二つのアンビバレント(両義的)な感情に揺れている。

 一方でロシアは、アジア大陸極東にまで広がるアジアの一国でもある。プーチン氏は4月12日、極東の宇宙基地にベラルーシの大統領と共に姿を見せた。あえてその地を選び、世界に発信したかったことは何か。

 ベーリング海を挟んでロシアは米国アラスカ州とNATO加盟国カナダと隣接している。アラスカ州は、1867年にロシア帝国から米国が買い取った米国最大の州であり、近年巨大な油田が発見された。プーチン氏の目の端にはかつてのロシア帝国の残照が映っているだろう。

 カムチャツカの原潜基地には複数の原潜が配備されている。豊富な漁業資源と多彩な鉱物資源も誇示し、経済制裁を受けてもビクともしない国力がある、とアピールしたかったのではないか。ロシアの土壌には肥沃(ひよく)なチェルノーゼムという黒土が広がっている。

 2016年、プーチンはクレムリンのすぐ傍らにキエフ大公国の英雄、ウラジーミル大公の巨大な銅像を建てさせた。自分と同名の帝王の像だ。あの時既に、今世紀のウラジーミル大公に自分を擬したウラジーミル・ウラジーミロビッチ・プーチン氏がいた。大公像の傍らに立ち、紅潮した恍惚(こうこつ)の面持ちであいさつするプーチン氏を、ロシア国民とロシア政治が許した時、今世紀の核武装した右翼的ロシア帝国に向かって進軍するプーチン氏の戦争は始まっていた。

 日々目にする凄惨(せいさん)なウクライナ戦争は、昭和天皇の名において開戦した昭和の戦争を想起させる。美しい国などとナルシシズムをあおる政治家は、時代に逆行するプーチン氏と同質だ。核兵器の共同使用を言い出す無責任な政治家も、非人道性ではプーチン氏並みだ。国家の名の下に人々を虐殺し、安穏な暮らしを根こそぎ奪う戦争に、この国は二度と加担してはならない。平和こそ、この国の最大の国力であり、国富の源だ。
 

(本紙客員コラムニスト、辺野古基金共同代表)