復帰直前の沖縄〈50年前きょうの1面〉4月22日「佐藤首相、事前協議に積極姿勢」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。  

 1972年4月22日の琉球新報1面トップは、「立法院最後の補正予算審議始まる/自民、三年余の施政追及/主席、復帰など成果評価」との見出しで、屋良朝苗主席を参考人に招いて開かれた立法院予算委員会と各常任委員会の連合審査会の審議の様子を伝えている。記事では「総括質問は琉球政府に対する最後のものとあって、自民党の質問は物価、社会福祉などの担当者を分けて屋良行政の三年余におよぶ施政の成果をただすとともに屋良主席の政治責任を追及した」と記している。

 そのそばには「勝連でガス地雷訓練/喜屋武氏が追及/政府は再調査約束」との見出しで、衆院予算委員会で喜屋武真栄氏が「勝連村浮原島で米軍によるガス地雷の訓練が行われている」と述べて政府に質問した様子を紹介している。訓練の実態については沖縄原水協の調査で明らかになったといい、この質問に対し福田赳夫外相が再調査を約束している。

 さらに隣の記事では「事前協議に積極姿勢/佐藤首相/事務当局は実効を疑問視」と、ベトナム戦争でも形骸化しつつある日本からの米軍の作戦展開時の「事前協議」について、佐藤栄作首相が米軍の配置の変更に関する基準を再検討する方針を示したことを紹介している。記事では首相の意気込みとは裏腹に、外務省の見解として「事務当局の間には、同制度に対する米側の態度がきわめて強硬」で実効性に疑問をが上がっていると伝えている。

 

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 琉球新報デジタルは沖縄の日本復帰から50年となる2022年1月から、1972年5月15日の日本復帰に向かう沖縄の様子を日々伝える当時の琉球新報紙面を、琉球新報アーカイブから転載して紹介していきます。