沖縄のバスケットボールは1970年代からジュニア世代の活躍で注目を集めるようになった。全国中学校大会の男子では日本復帰2年後の74年に山内中が準優勝し、80年のコザ中の初制覇を皮切りに沖縄勢は6度優勝している。78年の全国高校総体男子では、小兵ぞろいの辺土名高が旋風を起こして3位に入った。
大柄な選手は少なく、スピードや技術で勝負するのが沖縄のスタイル。地元開催の87年国体の少年男子決勝で、強豪能代工高の単独チームだった秋田を破って優勝した沖縄代表の一員、伊佐勉さん(52)=現Bリーグ・サンロッカーズ渋谷監督=は「小さな島のチームで、本土のチームに勝ちたいという気持ちは相当あった」と負けじ魂も原動力だったと振り返る。
新時代が到来したのが2007年だ。男子プロのbjリーグ(現在はBリーグに統合)に琉球ゴールデンキングスが参入し、バスケット好きの県民に支えられて屈指の人気を誇る強豪に。今季Bリーグでも地元出身のガード並里成(32)らを擁して西地区を制した。
沖縄県協会専務理事で琉球の取締役を務める日越延利さん(65)は「沖縄の子どもたちは『Bリーグの選手になりたい』ではなく『キングスの選手になりたい』と言う」と明かす。チームは文字通り沖縄バスケのシンボルだ。
21年には沖縄市にバスケットでは8千人収容が可能な沖縄アリーナが誕生。本拠地として使う琉球が計画段階から監修し、本場米国のアリーナのように観客席はすり鉢状で、天井からつるされた510インチの巨大映像装置も備えた最先端の施設だ。来年には男子ワールドカップ(W杯)1次リーグの舞台となる。日越さんは「ここを『聖地』にしたい」と夢を語った。
(共同通信)