社会
復帰50年 1972→2022

50年前の式典で司会も…抗議集会に共感「与儀公園に参加したかった」 伊舎堂根自子さん

伊舎堂根自子さん

 「新沖縄県発足式典は、お手元にございます式典次第の順序に従いまして進めてまいります」―。50年前の5月15日午後2時、県主催の「新沖縄県発足式典」が那覇市民会館で開かれた。伊舎堂根自子(ねじこ)さん(84)=那覇市=は、別室からアナウンスを務めた。

 前日から降りしきる豪雨の中、正装した人たちが満席状態で座っていたが、会場内は静かだったことを覚えている。伊舎堂さんがいた放送室はガラス張りの窓があり、会場内を見渡すことができた。「どよめきなどは一切なく静かで、正直式典のことはあまり覚えていない」と振り返る。

 滞りなく淡々と進んでいく式典とは裏腹に、隣接する与儀公園では復帰に抗議する人々が集結していた。熱気を帯びたシュプレヒコールは、アナウンス室まで届いた。

 「本来は私もここ(放送室)ではなく、与儀公園に参加したかった。はっきりと言葉までは聞こえなかったが、皆さんの強い思いや雰囲気が伝わってきた」と振り返る。

 伊舎堂さんは琉球放送でアナウンサーを務めた経験があり、屋良朝苗氏の遊説を手伝うなど、県内各地を一緒に回ることもあった。式典のアナウンスの依頼も、その縁だった。

 「やっと復帰が実現したにもかかわらず、思い通りの復帰ではなかった。基地は減らず事件も起きるなど(基地の存在を)許せない人が多かったのではないか」と話す。

 沖縄戦体験者として平和に対する思いも強い。50年を振り返り「基地問題はみんなが束になって頑張っても解決せず、きつくなっていく一方だ。平和に暮らせるようでなければならない」と力を込めた。

(中村優希)



関連するニュース








  • お知らせ


  • 琉球新報デジタルサービス



  • 会員制サービス






  • 他のサービス