復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉5月21日「B52飛来は計画的?」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」直後の1972年5月21日の琉球新報1面は、「B52の飛来は計画的?/〝グアムは天気晴朗〟/爆弾積み込んだ恐れも/嘉手納基地の動き活発化」との見出しで、グアムへ引き揚げるとした米軍のB52戦略爆撃機の嘉手納基地からの離陸について紹介している。外務省の発表として向かった先はグアムだというが、記事では「ミサイル・パイロン部分に黄色くぬられた七百五十ポンド爆弾がのぞいているのを目撃した―との報道人もおり、嘉手納からグアムへのコースをとらずに直接ベトナム向け出撃したことも考えられる。(中略)ベトナム戦激化に伴いこのところ知花弾薬貯蔵庫地域から嘉手納基地への爆弾輸送も活発になっていることを考え合わせると、嘉手納基地で七百五十ポンド爆弾が積み込まれた可能性もある」と指摘している。さらに記事では「ベトナムへの直接発信基地であるタイ国ウタパオ基地では、すでに、B52積載用の七百五十ポンド爆弾は底をついていると伝えられている。(中略)B52再飛来については、客観的な状況証拠も出つつあり、むしろ計画的ステップを踏む再移駐だとの観測もある」と解説している。

 関連記事では屋良朝苗知事の「沖縄の特別扱い許せぬ」との談話を伝える記事や、「嘉手納基地の重要性浮き彫り」との見出しで「米国核戦略の最前線部隊で、その任務範囲は日米安保条約に基づく『極東』の範囲をはるかに越えているとみて間違いない」と記す解説記事も掲載している。さらには、国会論議の行方を見通す記事として「〝事前協議〟に問題提起/B52の嘉手納基地飛来/野党、政府に総攻撃の構え」との見出しで事前協議制をめぐる判断について論点を提示している。

 復帰して1週間を迎える中で「県行政はマヒ状態/書類など山積/身分問題や所掌事務の不確定など原因に」との見出しで、新生沖縄県の前途多難なスタートを紹介している。

 復帰と同時に始まったドルから円への通貨交換作業が20日で終わり「総額約1億ドル/今後は〝実勢〟で交換」と、物価上昇はあるが交換業務は滞りなく終了したことを伝えている。

 国際情勢としては「米大統領、ソ連へ出発/共存体制作り/ベトナム問題多くを望めず」と、米大統領初のソ連訪問にニクソン大統領が出発したとの記事も掲載している。

 

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。