【ちむどんどん第32話】沖縄角力 7月に鶴見で3年ぶりの大会も 朝ドラ「ちむどんどん」キーワード集【ネタバレ注意】


この記事を書いた人 Avatar photo 仲井間 郁江
沖縄角力の大会で豪快に投げをうつ出場者=2015年11月、宜野湾市のサンフティーマ前広場

 ちむどんどん第32話では、銀座のレストランでの仕事が大変だと愚痴る暢子(黒島結菜)に、居酒屋「あまゆ」に集った人々が「仕事は大変なものだ」と諭す場面がありました。

 復帰前に沖縄から神奈川県横浜市鶴見に出てきて働く、県人会の男性は「(当時は)年に一度の沖縄角力大会だけが楽しみだった」と振り返ります。沖縄角力は第3話で、中学生の賢秀らも取っていました。横浜市鶴見区ではことし7月、3年ぶりに大会も開催されます。

 さて、「沖縄角力」とは何でしょう。

 沖縄角力は、「ウチナージマ」や「シマ」とも呼ばれる、琉球王朝時代から伝わる沖縄伝統武道です。沖縄では、本土でよく知られる相撲を江戸相撲と呼び区別していました。

 沖縄角力には土俵の限定がなく、江戸相撲のように土俵を割る勝負はありません。あいての背中を土俵にたたきつければ勝ちです。江戸相撲のような差し手争いがなく、最初から右四つに組み、互いに相手の帯を十分につかんで組み付いた時に、審判の背中をたたく合図で試合が始まります。

 力を主体とした投げ技が主体の豪快な試合に、沖縄の人々は夢中になりました。1980年には中学校の体育のカリキュラムにも採用されるほど、一般的なものでした。

 ちなみに、沖縄角力の伝来には諸説ありますが、1978年9月15日の琉球新報に掲載された沖縄県角力協会(我那覇生吉会長)の広告「角力を正しく継承し保存するために 私見沖縄角力」によると、沖縄角力は1470年代に始まり、1600年代に武術として武家社会に取り入れられ、1816年に角力好きの「尚灝王(しょうこうおう)」の時代に全盛を極めたことが記されています。