日米豪印首脳会合 米大統領の目論見外れる<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 24日、東京で日米豪印(クアッド)首脳会合が行われた。そもそもクアッドとは何なのか。日本政府は、こう説明している。

 <日米豪印は、基本的価値を共有し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の強化にコミット。「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、ワクチン、インフラ、気候変動、重要・新興技術などの幅広い分野で実践的な協力を進めてきており、4カ国の間では、地域に前向きな形で貢献していくことの重要性で一致している>(外務省HP)

 この規定によると、クアッドは自由や民主主義という基本的価値観を共有した4カ国の協力体制ということになる。ならばロシアによるウクライナ侵攻に対して、クアッドとして明確な立場表明をしなくてはならない。

 しかし、24日の首脳会合後に発表された共同声明において、ロシアを非難する内容は含まれなかった。

 具体的には<我々は、ウクライナにおける紛争及び進行中の悲劇的な人道的危機に対するそれぞれの対応について議論し、そのインド太平洋への影響を評価した。4カ国の首脳は、地域における平和と安定を維持するという我々の強い決意を改めて表明した。我々は、国際秩序の中心は国連憲章を含む国際法及び全ての国家の主権と領土一体性の尊重であることを明確に強調した。我々はまた、全ての国が、国際法に従って紛争の平和的解決を追求しなければならないことを強調した>(外務省HP)との文言になった。

 ここで興味深いのは、ウクライナが受けている状況について「侵攻」や「侵略」ではなく「紛争」という言葉を用いていることだ。「紛争」ならばウクライナ、ロシアのどちらに責任があるかという価値判断が加わらない。

 ちなみにロシアの理屈では、クリミアは住民投票で合法的にロシア領となり、ウクライナのドネツク州とルハンスク州には独立国家である「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」が成立しているので、ロシアの武力行使は両「人民共和国」の主権と領土の一体性を確保するための行動なので国連憲章に違反しないということになる。

 我々には受け入れられない乱暴な論理だが、ロシアはこれで押し通すつもりだ。クアッドの共同声明は、ロシアの論理と矛盾しない構成になっている。

 インドがクアッドに参加した動機については冷静に分析する必要がある。インドにとって自由や民主主義という基本的価値観に対する共鳴というのはあくまでも建前に過ぎない。本音では、軍事的、経済的に急速に国力を付けている中国に対して日米豪と連携して対抗することをインドは追求している。クアッドを日米豪が民主主義対権威主義という価値観の対立軸で考えているのに対して、インドは地政学的な勢力均衡の原理で考えている。ウクライナ戦争に対してインドが日米豪と共同歩調をとることは今後もない。

 米国のバイデン大統領は、クアッドを中国とロシアに対抗する準軍事同盟に転換したいと考えていた。しかし、インドの強硬な抵抗に押し切られて、その目論見(もくろみ)は成功しなかった。ウクライナ戦争の影響が直接沖縄に及ぶことが避けられたという点で、筆者は今回のクアッド首脳会合、特にその共同声明を肯定的に評価している。

(作家・元外務省主任分析官)