2024年開催のパリ五輪に向けて、重量挙げの女子日本代表監督に、沖縄市出身の平良真理氏(46)=沖縄尚学高―日体大出=が就任した。リオ五輪後に受けた打診を一度断ったが、一念発起して引き受けることを決めた。元五輪選手として「失敗と経験を選手に伝えて還元する」。技術と精神の両面からサポートし、選手の力を引き上げることを心掛ける。3大会連続でメダルを獲得している日本代表の女子チーム。「4大会連続を目指し、メダリストを輩出したい」と意欲を示す。
アスリートや指導者として数多くの経験を積んできた。競技を始めたのは中学3年の終わり頃。高校から本格的に取り組み頭角を現した。全国優勝を経験し、高校3年でアジア選手権に出場するなど国際舞台で活躍。2000年シドニー五輪で日本代表に選ばれ、7位入賞を果たした。
教員になったのは、その2年後だった。教職をしながら次のアテネ五輪を目指したが、両立は予想以上に難しく、指導に力を入れるようになった。
東京五輪代表の宮本昌典など多くのトップ選手を育成した。リオ、東京五輪では糸数陽一らのコーチを務めた。昨年ナショナルコーチアカデミーを受講するなど、他競技の監督候補らと交流する中で代表を率いるイメージを固めてきた。
一度は「勉強不足。責任を持つにはまだ甘い」と断ったが「自信はないけど一つ集中してやろうと決心がついた。ウエイトは好きなので楽しんで選手たちとやっていきたいという思いを強くした」と、監督就任への経緯を振り返った。
嘉手納高で創部したウエイトリフティング部の生徒たちを気に掛けながらも「自分しかできないこと。周囲にいい影響を与えることができたらと思う」と意気込む。県内の競技力向上を期待し、代表監督としてまい進する。
(謝花史哲)
<一問一答>子どもに夢与えるチームに
5月に国頭村のくいなエコ・スポレク公園内で合宿を行った重量挙げ女子のナショナルチーム。代表を率いる平良真理監督に話を聞いた。一問一答は次の通り。(聞き手・謝花史哲)
―リオ五輪後の監督打診を断っていた。
「当時は勉強不足で、責任を持つにはまだ甘いと思った。赴任地の沖縄工高で多くの選手を抱え計画していた部分もあり、次のことを考えられなかったという事情もあった」
―今回監督を引き受けたのは。
「嘉手納高に赴任し、指導する生徒たちも楽しみだけど、自分しかできないことがあると強く思った。準備してきたこともあったので、自信はないけどやってみようと決心した」
―心掛けることは。
「子どもたちにも夢を与えられるようなチームにしたい。チームにいるのは社会人と学生が半々。仕事しながら競技している選手もいる。気軽に合宿に参加できる環境づくりや、スケジュールの組み立て方を大事にしたい」
―就任した心境は。
「何が何でも結果を出す。出したい。出さなければならないという気持ち。その中でも楽しさを味わえる取り組みを追求できればいい。ただ結果を求めるのではなく、終わった後に充実感や意味のある内容にする」
―目標は。
「4大会連続でメダリストを輩出したい。メンバーを見ても可能性は高いと思っている。五輪経験者として失敗した経験を伝えられる。当時は五輪がゴールになってしまい7位という結果になった。場にのまれて、あっという間に終わってしまった。五輪の舞台がどういうものか共有したい」