復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉6月13日「県会議員選きょう告示」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」直後の1972年6月13日の琉球新報1面は、「県会議員選きょう告示/都市地区で激戦/知事線とセットで運動」との見出しで、県議選のスタートを告げている。隣接記事では「実行の県政目ざす 自民党/真の地方自治確立 革新共闘」と、自民と革新陣営の県議選に向けた「突入宣言」の要旨を紹介している。

 この日の「選挙レーダー」は「両陣営、必策練り猛スタート」との見出し。記事では「これといったウルトラCも今のところないようで、決め手に欠いているのが現状。しかし、双方とも、どうにか相手陣営を自分の陣営の土俵内に引きずり込もうという作戦のようだ」と紹介している。

 復帰後から始まる沖縄振興開発計画を策定するため沖縄県庁内で始まった議論を巡り「支障になる基地は返還要求/振興開発計画策定」との見出しで伝えている。記事では「県企画部は沖縄振興開発計画策定の基本的な考え方について12日も部内会議を開いた結果『公害産業は誘致しない』『基地は10年後に全部なくなるとの想定のもとに当面、開発のためにどうしても支障となる吉は返還を要求していく』との共通認識に立って計画を策定していくことになった」と記している。

 このほか、来日中のキッシンジャー米大統領補佐官と佐藤栄作首相との会談で、昭和天皇の訪米とニクソン米大統領の訪日が了解されていたことを伝えている。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。