遺骨の軽さと砲弾の重さ 那覇・南部班 伊佐尚記


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written by 伊佐尚記(那覇・南部班)

 昨年末、初めて沖縄戦の遺骨収集を取材した。遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんらに同行し、糸満市のガマを訪ねた。予想に反して、現場は観光施設や車がよく通る道路の近くだった。「こんな所にもまだ遺骨が残っているのか」と衝撃を受けた。初めて遺骨に触れると、その軽さに驚いた。この遺骨がどんな人のものであろうと、ただとむらいたい気持ちになった。ガマには手りゅう弾の痕跡もあり、沖縄戦の悲惨さを垣間見る思いがした。

 先月、那覇文化芸術劇場なはーとで美術家・照屋勇賢さんの展覧会を取材した際、沖縄戦当時の砲弾の破片に風船を結び付けた作品があった。破片に触れると、風船の浮力で軽くなっているものの、本来はかなり重いものだと実感した。その瞬間、昨年末の遺骨を思い出した。軽い遺骨から感じた人間のもろさ、はかなさとは対照的に、重い砲弾から感じたのは殺傷力、暴力性だった。「鉄の暴風」という言葉を思い出した。

 照屋さんは「砲弾は戦争で人を殺した“当事者”で、背後には造った人がいる。人を殺傷したいろんな要素について考えるきっかけになれば」と語った。展覧会は26日まで開かれている。会場で砲弾の破片に触れてみてほしい。

(那覇市担当)


ゆんたくあっちゃー 県内各地を駆け回る地方記者。取材を通して日々感じることや裏話などを紹介する。