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価値観外交の限界 ロシアへの制裁疲れ深刻<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ウクライナ戦争に関する日本の全国紙やテレビの報道は「政治的、道義的に正しいウクライナが勝利しなくてはならない」という価値観に基づいてなされている。このことが総合的分析の障害になっている。国際関係は「価値の体系」「利益の体系」「力の体系」が絡み合って成り立っている。岸田政権はG7、とりわけ米国と協調してウクライナを支援し、ロシアに対して制裁を加えていると強調するが、冷静に見た場合、それは「価値の体系」に限定されている。

 「利益の体系」に関して日本は石油・天然ガスの利権を重視し、開発事業サハリン1、2にとどまる意向を示している。またロシア航空機の日本領空の航行を認めている。それによって日本がシベリア経由でヨーロッパに至る航路を確保できるからだ。G7でロシアに領空を開放しているのは日本だけだ。

 さらに日本がロシアに入漁料を支払ってサケ・マス漁を取る枠組みも残っている。「利益の体系」に関して、日本は他のG7諸国とはかなり異なる姿勢を取っている。

 「力の体系」に関しても日本は紛争地域に武器を提供することができないため、G7との協調は限定的だ。繰り返すがマスメディアが伝える岸田政権の対ロ強硬姿勢はあくまで「価値の体系」のみに焦点を当てたものだ。

 価値観外交の限界が、26~28日にドイツのエルマウで行われた主要7カ国首脳会議(G7サミット)で露呈した。当初、ロシア産金の輸入禁止で合意するとみられていたのに日米英加と仏独伊EUの利益が対立し、「ロシア産金の輸入禁止を推進する」という緩めた合意になった。ロシア産金の即時輸入禁止に踏み切ったのは日米英加にとどまった。

 <ミシェル欧州理事会常任議長(EU大統領)は26日の記者会見で、「ロシアへの制裁では、他の国々や我々自身が痛まないように注意しなければならない」と述べたが、副次的効果を警戒すればするほど打つ手は限られる。G7がウクライナへの支援を改めて表明した27日の声明には「我々はロシアの戦争行為に対し、前例のない協力体制で断固として制裁を科し続ける」との決意が記されたものの、戦争の長期化に伴い、制裁疲れが深刻化する懸念もある。>(6月28日「毎日新聞」電子版)。

 既にヨーロッパでは制裁疲れが十分深刻になっている。

 <シンクタンク「欧州外交評議会」の6月の報告書によると、欧州10カ国の計8千人超に4~5月に実施した調査で、「政府はウクライナの戦争に力を入れすぎ、自国民が直面する問題に十分に力を注いでいない」と答えた人は42%で、「ちょうどよい」(36%)、「わからない」(19%)を上回っていた。/「力を入れすぎだ」と答えた人が多かった国は、ルーマニア(58%)やポーランド(52%)、イタリア(48%)、スペイン(47%)、フランス(43%)だった。侵攻が長期化するほど、増える可能性がある。/積極的な軍事支援で目立ってきた英国でも、「疲れ」が指摘されている。大手機関ユーガブの調査では、エネルギー価格が高騰してもロシアへの制裁強化に「賛成」と答えた国民の割合は、3月の48%から6月の38%に落ちた。/暖房が不可欠となる冬場には、各国の「支援疲れ」がいっそう加速する可能性がある。>(6月26日「朝日新聞デジタル」)。

 欧米民主主義国の政府は世論を無視することができない。今後、米国も停戦を視野に入れた政策に転換を余儀なくされると筆者は見ている。

(作家、元外務省主任分析官)