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戦略的思考に期待 現実主義的平和外交を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 国際政治は「価値の体系」「利益の体系」「力の体系」が複雑に絡み合って展開される。米国のバイデン政権が展開する対ロシア外交は、「民主主義VS権威主義」「自由VS独裁」という単純な二項対立に基づいた「価値の体系」のみが突出した外交だ。価値観外交のみを展開すると、自らの価値観を受け入れない国家をせん滅しなくてはならないということになり、国際秩序が著しく不安定になる。

 このような考え方はロシアの政治エリートに共通している。この関連で4日夜に放映された「第1チャンネル」(ロシア政府系)の政治討論番組「グレート・ゲーム」におけるドミトリー・スースロフ氏(ロシア高等経済大学教授)の以下の発言が興味深い。

 「危機の時期に戦略的思考がよみがえってくる。戦略的思考に関して、米国は最近30年間、休みをとっていた。米国人は冷戦の勝利者と考えていたし、事実上の独占的状態が続いていた。米国は他の大国による脅威を感じなかった。この戦略的思考の停止期間が米国の外交的敗北をもたらし、経済危機を深刻化させた。私は、米国が現下の外交的、経済的に直面している危機を克服するために戦略的思考を取り戻すことに期待している。このことはロ米間の戦略的安定のための対話をよみがえらせるだけでなく、意味のある競争と価値のある2国間関係を回復させることにつながる」

 筆者もその通りと考える。

 7日、英国のジョンソン首相が辞意を表明した。ウクライナ戦争との関係で、ジョンソン氏は米国のバイデン大統領以上に「価値観外交」を強調し、停戦に反対し、ロシアの侵略者を放逐するまで、ウクライナ人は戦うべきだとあおった。英国を含む西側諸国は武器と戦費を提供するだけで、兵士を派遣することはしない。英国人や米国人の血を流さず、ウクライナ人の生命と身体を対価にして西側にとって重要な価値を追求するというアプローチだ。

 このような姿勢は無責任かつ欺まん的だ。ジョンソン氏は現象面では不祥事により辞意を表明せざるを得なくなった。しかし、本質面ではジョンソン氏が自らの権力を保全するために価値観を強調し、ウクライナ戦争に英国の国力をはるかに超える関与をしたことに英国民が不安を覚えたからだと筆者はみている。岸田文雄首相のウクライナ戦争への対応とロシアに対する強硬姿勢にもジョンソン氏に相通じる不安を覚える。

 10日の参議院議員選挙の期日前投票を筆者は8日に済ませた。国家、民族の違いにかかわらず民衆の立場を代表し、生命を尊重し、現実的に平和を追求することができると筆者が信頼する候補者(東京選挙区)と政党(比例代表)に投票した。日本の政治家にも、与野党を問わずに戦略的思考ができる人がいる。今後、こういう政治家が現実主義的な平和外交を展開することが沖縄と日本の利益にかなうと考える。

 こういう政治家が活動しやすい環境をつくるために戦争の熱気から距離を置き、事態を冷静に分析し、一日も早くウクライナでの停戦を実現できるように筆者も有識者の1人として言論活動を展開していきたい。

(作家、元外務省主任分析官)