ウクライナ中枢の混乱 米ロ戦争 転換の危険も<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ウクライナの政権の中枢が混乱している。17日、ゼレンスキー大統領は、これまで政権を中心になって支えてきたバカノウ保安局(SBU)長官(秘密警察長官)、ベネディクトワ検事総長を停職にする大統領令を公布するとともに、両名の解任を最高会議(国会)に要請した。19日、最高会議は両名の解任を議決した。

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 側近を更迭した理由について、ゼレンスキー氏はこう述べた。<「今日の時点で、検察、裁判前捜査機関、その他法執行機関の職員の国家反逆罪と敵対協力行為につき651件の刑事捜査が登録されている。198の捜査では、当該人物に容疑が伝達されている。特に60人以上の検察官とSBUの職員が、被占領地に残り、私たちの国家に対峙して働いている。国家安全保障の基本に対するこのような大規模な犯罪と、ウクライナの治安機関とロシアの特殊機関の職員の間で確認された連絡は、関連する機関の幹部に対する非常に深刻な疑問をもたらすものである」>(18日、ウクライナ国営通信「ウクラインフォルム」日本語版)

 1991年12月にウクライナが独立した後も、インテリジェンス機関や検察にはソ連時代からの職員が勤務していた。2014年の「マイダン革命」(ロシアはクーデターと主張する)後、ウクライナは、保安局、軍、検察で「非ロシア化」を徹底した。特に保安局では米国や英国でインテリジェンスの訓練を受けた者に幹部職員は入れ替えられた。しかし、ウクライナ戦争の過程でロシアと協力する保安局職員や検察官が大量に出てきたことはゼレンスキー大統領にとって想定外の事態だったと思う。

 ロシアのインテリジェンス機関が、ゼレンスキー大統領が疑心暗鬼に陥るような情報を巧みに流す心理戦を行っていると筆者はみている。これに対抗するカウンター・インテリジェンス能力がウクライナに欠けているので、大統領が保安局長官と検事総長を解任するような事態に至ったのだと思う。

 特に重要な政治的意味を持つのが保安局長官を解任されたバカノウ氏だ。同氏は幼年時代から俳優時代までゼレンスキー氏の親しい友人だ。政治やインテリジェンスの経験はまったくないが、ゼレンスキー氏の信認が極めて厚いという理由で保安局長官に任命された。

 ウクライナの権力中枢部で深刻な内部対立が生じていることは間違いない。ロシアは情報戦、心理戦とともに、軍事作戦も強化している。当面、ウクライナの保安局と検察庁は機能しなくなる。その結果、権力中枢における正規軍と郷土防衛隊を擁する内務省の力が高まる。正規軍も郷土防衛隊もゼレンスキー大統領の影響がどこまで及んでいるか分からない。

 米国から長距離砲を入手した正規軍が、ロシアによって併合されたクリミアを攻撃する可能性がある。その場合、ロシアは自国への攻撃と見なし、米国の在外基地に対して報復攻撃を行うと思う。特に可能性が高いのがシリアのクルド人地区にある米軍基地だ。ウクライナ戦争が米ロ戦争に転換する危険がある。

(作家、元外務省主任分析官)