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ロシア人ジャーナリスト爆殺 日ロ関係悪化 沖縄に影響<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ウクライナ戦争でロシアと西側連合の関係が悪化すると、沖縄の安全保障環境にも影響がある。ウクライナ戦争について筆者がこのコラムで頻繁に取り上げているのも、それが沖縄の未来に関係するからだ。この関係で筆者は以下の事件に注目している。

 <ロシアの首都モスクワ郊外で20日、乗用車が爆発し、思想家のアレクサンドル・ドゥーギン氏の娘ダリア氏が死亡した。複数のロシアメディアが伝えた。ドゥーギン氏はウクライナに侵攻するロシアのプーチン大統領の外交政策に影響を与えたとされる。/ウクライナメディアによると、ドゥーギン氏の同僚は通信アプリに、乗用車にはドゥーギン氏が乗る予定だったと投稿した。爆発で運転手も死亡した。/ダリア氏はウクライナ侵攻への支持を表明していた。米国や英国が制裁対象とした>(21日本紙電子版)。

 日本や欧米のマスメディアはドゥーギン氏を「プーチンの外交政策に影響を与えた」とか「プーチンの頭脳(ブレイン)」と報じているが、この認識は実態から乖離(かいり)している。ドゥーギン氏は、プーチン氏へのアクセスがない。西側でドゥーギン氏が自らを「プーチンのイデオローグだ」と売り込み、それに欧米のメディアが飛びついたというのが実態だ。ちなみにドゥーギン氏の新ユーラシア主義では、英米はロシアに敵対する勢力だが、日本は潜在的な同盟国と位置付けられている。

 ロシア連邦保安庁(FSB=秘密警察)は、この事件をウクライナの特務機関(インテリジェンス機関)が主導した国家テロと見ている。

 <ジャーナリストのダリヤ・ドゥーギナの殺害がウクライナの特務機関によって準備されたもので、実行犯はウクライナ国籍のナタリヤ・ヴォフクで、同人は犯行後、エストニアに向かったと、22日にFSB渉外局が発表した>(22日ロシア国営タス通信)。

 FSBによれば、ナタリア・ヴォクフは1979年生まれで、12歳の娘ソフィア・ミハイロヴナ・シャバンを連れて7月23日にロシアに来訪した。暗殺を決行した日、2人はアレクサンドル・ドゥーギンが賓客として招待された文学・音楽フェスティヴァル「伝統」に参加した。トヨタランドクルーザーPradoのダリヤが座っている運転席の下に設置された遠隔操作できる爆弾を爆発させた後に、8月21日に2人はプスコフ州を経てエストニアに脱出した。

 8月21日、ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問が同国の関与を否定し<ロシア国民の不安をかき立て、正式な兵の動員を始めやすくするためにロシア側が起こしたとする見立てを紹介した>(8月22日「朝日新聞デジタル」)。これは典型的な陰謀論で説得力に欠ける。

 筆者は、父のドゥーギン氏と間違ってダリヤ氏が殺害されたという見方は間違っていると思う。なぜなら現下ロシアの言論界ではダリヤ氏の方が父親よりもはるかに大きな影響力を持っているからだ。ロシアが正式に本件殺害にウクライナ政府機関が関与していることを認めれば、ロシアの国会はウクライナをテロ国家に指定する決議を採択するであろう。

 そうなるとウクライナを支援する米国、英国、日本などはロシアからテロ支援国家に指定される。ロシアと日本の関係は一層緊張する。日ロ関係の悪化が沖縄の基地問題にどのような影響を与えるかについて県が独自にシミュレーションする必要があると思う。

(作家、元外務省主任分析官)