復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉8月28日「海洋博に本土から550万人/政府、首都圏・大阪調査」―琉球新報アーカイブから―


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 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年8月28日の琉球新報1面トップは、「海洋博に本土から550万人/政府が首都圏・大阪で世論調査/予想大幅に上回る/受け入れ計画練り直しも/どうなる輸送、宿泊」との見出しで、通産省の調査データとして海洋博に従来予想の360万人を大きく上回る550万人が来場する見込みであることを伝えている。本土からの来客として2回ずつ会場をみたとして延べ1千万人が見込まれ、沖縄の地元や外国人を含めると1300万人に上るとみられるという。これに伴い、宿泊施設や水道、汚水処理の関連施設の再検討が迫れるとしている。

 関連記事では「〝民宿指導〟も検討/9月4日までに観客対策」との見出しで、沖縄での観客対策として①那覇市内の交通対策②宿泊施設③会場への輸送―を課題に挙げている。記事では、那覇市内の大量輸送手段の建設の必要性を指摘する声が上がっており「大量輸送がただちにモノレールと結びつくものではない―としているが、協会としてはモノレールに類するものを期待しているようだ」と解説している。さらには「本部飛行場など会場周辺に飛行場を整備したい考えだが、業界との意思調整など―なお問題を残している」と海洋博協会の議論の推移を記している。

 国際情勢をめぐっては「原爆による戦争終結を示唆/国営サイゴン放送」との見出しで、ベトナム戦争の終結に米国の核使用ですべきとの示唆を国映サイゴン放送が流したことを紹介している。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。