復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉8月30日「沖縄にF104J、25機配備/防衛庁が概算要求」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年8月30日の琉球新報1面トップは、「国道331号線開放で住民会議結成/小禄自治会など15団体/車面ね強行突破も/軍事優先は発展阻害」との見出しで、那覇市小禄で復帰後国道になったにもかかわらず、依然として県民の立ち入りが封鎖されて米軍専用道路となっている国道331号(旧3号線)について、住民ら自らが取り戻そうと組織を結成したことを紹介している。

 住民会議の結成大会の様子として記事では「国道封鎖により近年、小禄地域への激しい人口流入、車両の激増で交通事情は最悪の事態に陥り、交通事故のひん発と糸満など南部地域の経済開発にも大きな支障をきたしている―と軍事優先がきびしく糾弾された」と伝えている。

 さらに大会では早期返還要求が決議され「住民会議では車両による大がかりな軍基地の〝強行突破〟と住民大会も準備しており、神奈川県相模原での米軍戦車阻止のように国道返還要求運動は大きな政治問題に発展しそうだ」と記している。

 沖縄への自衛隊配備を巡っては「沖縄にF104J、25機配備/防衛庁概算要求/航空混成団を編成/施設庁、軍用地料に190億円」との見出しで、1973年7月1日編成の航空自衛隊の南西航空混成団へF104J戦闘機とレーダーサイト、ナイキ・ホークミサイル、陸自の輸送ヘリなどが予算計上されていると伝えている。

 このほか「中部の軍港/連日弾薬積み込み/輸送船など寄港あい次ぐ」との見出しで勝連半島の米軍ホワイトビーチと天願桟橋、レッドビーチへ米軍艦船が連日寄港している様子を伝えている。ベトナム戦の補充海兵隊員や物資の積み込みでベトナムにまた向かうとみられると報じている。

 また、自衛隊募集業務を巡って革新系自治体が拒否している中で「募集業務拒否へ/反自衛隊、反基地打ち出す/自治労大会」との見出しで、自治体職員の組合組織の自治労の全国大会の様子を伝えている。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。