社会

復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉9月1日「石垣と平良で自衛艦の入港拒否」―琉球新報アーカイブから―

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 



 日本「復帰」した1972年9月1日の琉球新報1面トップは、「沖縄開発庁、795億円を概算要求/現年度の4・3%増/道路、住宅対策に力」との見出しで、次年度予算の要求内容が掲載されている。記事では「当初の予想を大幅に下回るもの」と指摘し、その理由として「ドル切り替えに伴う差損補償260億円も計上され、また予算の編成の仕方が従来と変わったため」だと当局側の説明を紹介。さらに「北部縦貫高速道路を除く海洋博関連事業の大部分が含まれている」という背景から「それほど大規模な額とはいえない」と断じている。

 ハラ位置には「自衛艦の入港拒否/石垣市、平良市/全国で初めて/〝反戦の姿勢貫く〟」との見出しを掲げた記事を掲載。石垣港と平良港に入港しようとした海自の駆潜艦2隻が入港を拒否されたことを伝えている。記事では「石垣市では乗組員の上陸や両艦への給水も拒否した」とある。海自艦は那覇軍港に入港することになったという。

 那覇市小禄で復帰後に国道331号になったにもかかわらず米軍専用道路として住民の立ち入りが封鎖され、住民らが取り戻すため組織を作る動きになっている問題について、社会党の上原康助衆院議員らが那覇防衛施設局に解決を求めた記事では「国道331号線開放の見通し/米、保安施設条件に」との見出しを掲げている。上原氏らは化学兵器貯蔵の疑惑のある瀬長島への立ち入りや米軍の水道料金不払い問題も追及した。

 

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。  




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