復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉9月17日「国道331号線の突破へ/住民会議来月デモ」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年9月17日の琉球新報1面トップは、「10%の大幅値上げか/沖縄の米価で農林省が検討/復帰時の価格差維持」との見出しで、10月から政府売り渡し米価が一斉値上げされるのにあわせて、沖縄での価格はどうなるのかについて伝えています。 

 那覇市小禄の国道331号が復帰後に国道になったのに県民の立ち入りを米軍が禁止している問題で「国道331号線の突破へ/住民会議、来月大会開きデモ」との見出しで、住民で組織する住民会議が「実力行使」する態度を固めたことを伝えている。住民会議が那覇防衛施設局に早期開放を要求したところ、施設局は「10日までに回答する」と約束しながら16日になっても回答がないことから「実力行使」の選択肢を打ち出している。

 15日に起きた那覇空港での南西航空機の事故に関連して「消防責任めぐり対立/運輸省・防衛庁、那覇空港の安全対策で」との見出しで、那覇空港の消防責任について防衛庁と運輸省とで意見が対立していると防衛庁が明らかにしたと伝えている。記事によると、運輸省側は「この11月から航空自衛隊のF104J18機が配備されるのをはじめ、自衛隊の軍用機に対する特殊な消防態勢が必要なことから、防衛庁側が受け持つ」と主張、これに対し防衛庁側は「空港管理権そのものが運輸省にあるのだから、消防責任も当然運輸省側が受け持つべきだ」と強調しているという。

 

 

 

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。