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日本領事の拘束 情報官教育に疑問<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
佐藤優氏

 日ロ関係で不愉快な事件が起きた。<ロシア連邦保安局(FSB)は(9月)26日、金銭提供の見返りに配布を制限された情報を取得してスパイ活動に及んだとして、極東ウラジオストクの日本総領事館の領事を拘束したと発表した。ロシア外務省は同日、在ロシア日本大使館の公使参事官を召喚。「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」と宣告し、48時間以内に領事を退去させるよう通告した。日本側は不当として抗議した。/ロシア通信は、領事が飲食店とみられる場所で文書を受け取る場面や、FSBの調べに法律違反を認める様子の動画も公開した。

 ロシアで日本の外交官がペルソナ・ノン・グラータと認定され退去を通告されるのは異例。>(9月27日本紙電子版)

 情報収集は外交官(領事)にとって重要な仕事だ。ロシアのような国では、政治情勢の変化によってこれまで許容されていた外交官の活動が認められなくなることがある。

 9月21日、ロシアのプーチン大統領はテレビ演説でウクライナ戦争の主敵はウクライナではなく同国を支援する米国を中心とする西側連合であるとの認識を示した。日本も西側連合の一員なので、従来認められていた情報活動でも摘発される可能性があることくらい情報担当官ならば気付いて当然だ。

 FSBが公表した動画を筆者も見たが、今回摘発された領事の行動は軽率であると言わざるを得ない。まずウラジオストクのような軍事都市では、普段から連邦保安庁と軍参謀本部諜報総局(GRU)の防諜部局が日本総領事館員の動きを尾行、盗聴などで詳細に観察している。そのような状況で日本レストランのような公共スペースで文書と金銭の交換をするのはあまりに不用心だ。

 第2に拘束された瞬間に「総領事館員の身体は日ソ領事条約によって不可侵とされている。拘束は国際法違反なので直ちに解放せよ」と主張しなくてはならない。

 さらに取り調べに関しては「私は日本国の領事なのでロシアの公権力に服することはできない。総領事館に私が違法に拘束されている事実を伝えてくれ」とひと言言って、後は黙秘するのがこの世界で仕事をする人の常識的対応だ。

 しかし、この領事は違法行為を明示的に認めている。ロシアで情報業務を担当する外交官の教育を外務省はきちんと行っているのだろうかと今回の領事の対応を見ると不安になる。

 もっともロシアは本件を拡大し、日ロ関係をこれ以上悪化させたくないというシグナルを出している。<ロシア連邦院(上院)国際問題国際委員会の委員長であるグリゴリー・カラーシン氏は、(在ウラジオストク)日本領事の事件がモスクワと東京の関係を悪化させると解釈すべきではないと、9月27日、イズベスチヤの取材に答えて述べた。「同様の事件は、残念ながら、ときどきある。日本だけでなく、アフリカやアメリカの外交の現場でも、外交官としてふさわしくない活動で拘束され、ペルソナ・ノン・グラータとされることだ。私たちの生活の中の普通のエピソードを話しているのであって、それを世界的な大災害に発展させてはならない」とカラーシン氏は述べた。カラーシン氏によれば、この事件による地政学的破滅は予想されないという。「両者の関係がひどく悪化していると解釈してはならない」と締めくくった>(9月27日「イズヴェスチヤ」、ロシア語より筆者訳)。ロシアとしては、この領事が情報の素人であると認識し、大目に見るということだ。情けない話だ。

(作家・元外務省主任分析官)